「お返しという言葉の受け取り方」

※注意
 今回のお話はバレンタイン06・地獄編?『チョコレートらしきもの』の1ヵ月後のお話です。
 なので、前回のものを読んでいない方には、若干分かり辛いと内容になっております。
 もしよろしければ、合わせてお楽しみ下さいませ。

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「……うーん……」

 気持ちの良い日差しが、世界に降り注ぐある日の事。
 未だ空に昇ろうとする太陽は、そろそろ頂点にたどり着こうとしていた。
 窓の外には昼食の準備に追われる女性の姿と、風になびく洗濯物が見える。
 ナギサは、先ほどから複雑な表情で幾度となく困惑した声を、誰もいない部屋に響かせていた。
(どうしたらいいのかしら……)
 彼女の細くなった碧眼が映し出しているのはテーブル。
 正しくは上に置かれた、掌に乗せれるぐらいの大きさの箱。
(……お返し、ねぇ……)
 胸中に浮かぶ彼の言葉に、ナギサは人差し指を唇に当てながら、やはり困った様子で呟く。
 何はともあれ、これをどうにかしようと考えた彼女は、もう一度これを受け取った時の記憶を手繰り寄せ始めた。



 事件は朝食を終えて間もなくに起こった――――何の前触れもなく。
「あの……ナギサ」
「何?」
 食後の紅茶を、珍しく穏やかな表情で楽しんでいた彼女の前に、少し緊張した面持ちのラザがやってくる。
 そして木製の椅子を指差して視線を合わせた後、ナギサが頷くのを確認したから席に着く。
「……その……今、大丈夫か?」
「大丈夫じゃなかったら、のんびり紅茶なんか飲んでないわよ。良かったらラザもどう?」
「……じゃあ」
 昔からの知り合いであり、今は共に旅をする仲間。
 一時はぎこちない空気が流れていた間柄だったが、最近はそれも影を潜めている。
 だが、ラザは時々こんな風に酷く強張った表情を見せる事があり、ナギサにはその理由が今も分からないまま。
 程なくして、ウェイトレスが紅茶を彼の前に置く。香りからすると、どうやら同じものを頼んだらしい。
「……それで?」
 それをラザが一口飲んだ後、ナギサもそれに倣うと、改めて質問をする。
「え?」
「何か用があったら来たんでしょ?」
 彼は基本的に無口で、何もない時に話しかけようとはしない。
 その事をよく知るナギサは、確かめるような口調でそう尋ねた。
 するとラザは再び紅茶を口に含み、喉を小さく鳴らした後で掌をテーブルの上に置くと、パッと手を膝の上に戻す。
「……何よ、これ?」
 姿を現したのは、ナギサの碧眼と同じ色の下地に、白の水玉模様が散りばめられた紙に包まれた箱で、天井を向いた面には真っ赤なリボンが付けられていた。
 普段の彼女ならその可愛さに見惚れる所だが、元武闘家で現在戦士である彼の大きな手には似合わないとも感じ、訝しげな表情を浮かべていた。
「……先月の……」
「へ? 何かあったっけ?」
 どうやら記憶に残っていないナギサの様子に、ラザは若干傷ついた表情を浮かべながら言葉を続ける。
「いや……だから、チョコレートのお返しなんだが……」
「…………あ」
 そこで、ナギサはようやく思い出した――――自分が作ったチョコレートを彼の部屋に置いておいた事に。
(でも、あれって……)
 と同時に、あのチョコレートを作る事になった経緯も。
 元々、ナギサはバレンタインにそれほど興味を持っていた訳ではなかった。
 しかし、町中から漂ってくる甘い香りについつい店へ足を向けてしまい、そこで出会ったお菓子職人との話の流れで作る事になってしまったのだ。
 更に折角のバレンタインという事で、自分の好きなようにチョコレートが作れるらしい。
 その時、最初に思いついたのが、ハリセン型のチョコレートだった。
 お菓子職人は呆然となっていたものの、とりあえず注文通りに作る。腕は確かだったようで、仕上がりはナギサの満足いく物となった。
 楽しい気分で帰ろうとした彼女だったが、お菓子職人は朗らかな笑顔でこう告げる。

「良かったら、作ってみませんか?」

 たまたまお店の空いた時間だった為、紡がれた言葉。
 しかし、好奇心を刺激するには十分だったらしく、ナギサは少し考える素振りを見せてから頷き、厨房へと案内された。
 そして一通り基本を教わった後、自分の感性が導くままにアレンジした結果、あの『殺人チョコレート』が出来上がったのである。
(……そういえば、昔トラッドにホワイトデーの事教えたっけ……)
 普段は鋭く、博識なナギサだったが、自分の事に関しては鈍い所があるらしい。
 そういう意味ではトラッドと似ているのかもしれないのだが、勿論彼女は微塵もそんな風に考えない。
「酷い目にはあったけど……まぁ……味は好みだったし……」
 幸いにも事情を知らないラザは、照れた様子で頬をかきながら言葉を紡ぐ。
「えっと……もしかして、あの時の高熱って……」
 そこでナギサは、あの時彼の身に降りかかった災難を思い出し、おそるおそる尋ねた。
「……十中八九」
 彼も忌まわしい記憶が蘇ってきたのか、幾分顔を青くして返事をする。
「…………それなのにお返しくれるんだ?」
 普通に考えると酷い目に遭わされているのだから、復讐する気にはなってもお返しする気になるとは考えにくい。
 だが、これはラザの気持ちを知らないナギサだからこそ思い至った結論である。
 例えばトラッドが今の状況を目にしたとすれば、いくら鈍い彼でも分かるに違いない。
「……一応」
 彼は相変わらず視線を合わせないまま、震えた声で短くこう呟いた。
 その様子から何かを察したナギサは頬を少しだけ赤くすると、
「い、言っとくけど……別に深い意味なんかこれっぽっちも無いわよ!?」
 人差し指と親指で極僅かな隙間のある丸を作りながら、珍しく慌てた声で否定する。
 その剣幕に一瞬目を丸くしたラザだったが、
「分かってるよ。俺だって義理っていうのがある事ぐらい知ってるからな」
 すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべ、さも当然のようにそう口にした。
 微かに悲しそうな表情の彼だったが、ナギサは気づかずに残った紅茶を飲み干してから席を立つ。
「でも……ありがと」
 そして去り際に早口でそう言ってから、わずかに早くなった足取りでその場を後にした。
 しかし、部屋へと戻る途中、彼女の脳裏にある可能性がよぎる。
(まさか……ラザって……)
 一度は有り得ない、と思ってその考えを振り払ったナギサだったが、念の為に先ほどのやり取りを冷静に思い返してみる。
 生死の境を彷徨わされた彼。にも関わらず、お返しを用意しており、妙に緊張した表情で渡そうとしていた。
 そこから導き出された結論。それは――――

(……復讐するつもりでこれを……!?)

 急に重くなったように感じる可愛い箱が彼女の手から零れ落ち、その大きさに見合った音を響かせる。
(とりあえず……何らかの対策が必要ね……)
 ナギサは立ち止まって深呼吸をした後、そっと箱を拾い上げると、足早に部屋へと戻るのであった。



 そんな紆余曲折を経て現在に至る。
「とりあえず開け……いや、でも……」
 中身が気になるナギサは、先ほどから箱に手を伸ばしては引っ込める、という動作を繰り返していた。
 いつもの彼女からは考えられないほど慎重で――――恐ろしく鈍い。
(ラザって……掴めない所があるのよね……)
 何かを言いかけたと思ったら止めてしまう所、ダーマで旅についていきたいと言った時の事。
 随分昔から知っている彼であるが、未だにその行動の意図が見えない時が多かった。
 だから、もしかすると自分の予想出来ない方法で復讐するのではないか、と考えてしまうのだ。
(箱を開けた瞬間……スライムががぶり、とか……?)
 ナギサは警戒をしながら箱を手に取り、耳元でそれを振ってみると、カラカラと音がする。
 そして箱は落とした時の手応え通り軽かった。少なくともスライムが入っていないぐらいには。
(……仕返しするからには、私が警戒する事ぐらい予想してるわよね……でも、軽くて即効性のある物って……?)
 最初は半信半疑の彼女だったが、いつの間にか復讐と思い込んでしまっていた。
 リノほどではないが、さすがにあまり感情を表に出さないラザでも、この光景を見れば思いっきり傷つくに違いない。
 やはり彼の想いに気付かないナギサは、再び距離を取って眉間に皺を寄せる。
(軽い物…………黒胡椒……まだら蜘蛛糸……毒蛾の粉…………うーん、どれも決定打にかけるわね)
 次々と頭に浮かぶ、ダメージを受けそうな道具の数々。
 だが、あの殺人チョコレートを基準として考えてしまっているせいか、どれ一つとして納得出来ないようであった。
 この辺りからナギサの普段の行いが、例え無意識でも相当レベルが高いというのが窺える。
(……やっぱり、開けるしか…………まさか、死ぬような事は……多分ないでしょうし)
 結局、確信の持てる道具が思いつかなかった彼女は、両頬をぱしんと叩くと、意を決して包装紙を破り始めた。
 姿を現したのはピンク色の、いかにも女の子らしいデザインの箱。
(本当に凝ってるわね……気付かなかったら確実に油断してる所よ)
 ナギサは感心の入り混じったため息を吐くと、おそるおそる蓋の部分に人差し指を引っ掛ける。
 そしてゆっくりと、何が起きてもすぐ対処できるように身構えながら箱を開けた。

「……へ?」

 中に入っていたのは、彼女の碧眼と同じ色の小さな宝石が付いたブレスレット。
 ある意味、予想外の物が出てきた事に一瞬呆然となったナギサは、その表情通りの声を唇から零れさせた。
「呪いの腕輪……にしては可愛いけど……」
 2個の宝石を金色の鎖が繋ぐ形になっているブレスレット。
 もし、呪いがかかっているのであれば、世界の何人かの女性が間違いなく呪いに苦しめられていた事だろう。
 しかし、どうあっても復讐という事にしたいらしい彼女は、一向に警戒心を緩めようとしない。
「……あら?」
 その時、箱の中に紙切れが入っている事に気がついた。
「何かしらこれ……」
 念には念を入れて、ナギサは指先で摘むようにそれを持ち上げる。
 そして何も無い事を確認してから、4つ折りになっていた紙を開いた。
「……手紙?」
 書かれていた文字はお世辞にも綺麗とは言えないもので、所々線が震えている。
 だが、少しでも読み易いようにと配慮したのか、文字のバランスはそれほど狂っていなかった。
 これを書いた本人――――おそらくラザが、不慣れな手つきで一生懸命綴ったのだと分かる。
 そこには、こう書かれていた。


 先月はチョコレートをありがとう。
 あまりお返しをした事が無いから迷っていたのだが、たまたまこのブレスレットを見つけた。
 一応お守りらしいから、いつも無茶ばかりするナギサにはちょうど良いんじゃないのか?
 もし邪魔にならないようなら、付けて貰えると助かる。


「……全く……」
 読み終えたナギサは、再び手紙を元通りに折り畳むとため息を吐く。
 そして、困った表情のままブレスレットを手に取って、じっくりと眺め始めた。

「こういうのは……他に渡すべき相手がいるでしょーに……」

 しかし、言葉ほど迷惑そうでもない彼女はそれを身につけてから、窓に向かって歩き出す。
「でも……センスは悪くないわね」
 西の空へと徐々に近づこうとする太陽。
 ナギサが何となくブレスレットをそちらに向けると、陽光を受けた宝石が蒼い輝きを放つ。


 目を細めながらそれを見つめる彼女の表情は――――いつもと違う柔らかな笑みであった。



※後書き
 『バレンタイン・地獄編?』の続編となるホワイトデーSSです。
 前回は散々な目に遭ったラザですが、今回は(多分)平和なお話となりました。
 やっぱり姐さんから、例えどんな殺人チョコだろうと、貰えた事が嬉しいようです(笑)
 後、彼の性格上、こういう事はきっちりしてるというのもありますけど。

 それにしてもこれで気付かない姐さんって……何だかんだでトラッドと良い勝負かもしれません。
 こうなると、一番鋭いのはヤヨイに違いないですね(笑)
 ちなみにいつもはリノとトラッドから書き始めるのですが、今回は珍しくこの2人の方が先に思いつきました。

 いつもと違う2人ではありますが、少しでも楽しんで頂けると幸いでございます♪



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