「束の間の休息と新たなる闇・前編」


本編

 真っ白な、光。
 その光が弾け、拡散し、バラモス城地下の景色と攪拌されたかと思えば、いつの間にか四人は豊かな緑が広がる景色へと様変わりしていた。
 アリアハン――それもリノとトラッドが初めて出逢った、あの丘の上である。更には、満身創痍だったはずの身体も、まるで最初から傷などなかったかのように癒えている。
 一体何が起こったのか、それは分からない。
 だが、リノたちは帰ってきた。

 そして、世界に平和が戻ってきた――それだけは確かな事だった。


 すっかり夕焼け色に染まった世界。
 アリアハンに辿り着くと、城下町は既に喧騒の只中にあった。
 酒場、武器屋、道具屋、宿屋、民家、更には道の真ん中に至るまで、所構わず陽気に踊り回る人々。走り回り、果ては犬や猫といった動物まで巻き込んではしゃぎ回る子供たち。注意深く観察してみると、普段はそういった騒ぎを収める立場であるはずの兵士たちまで、皆一様に浮かれている。アッサラームを連想させるどころか、勝るとも劣らない熱気がアリアハンを包んでいた。
 そんな中、騒いでいた兵士の二人が、リノたちの姿を見つけて駆け寄ってくるや否や、
「勇者様、お待ちしておりました!」
「勇者様がバラモスを退治されたという話は、既に伺っております!」
 二人は姿勢正しく敬礼をし、興奮も冷めやらぬ口調で四人を歓迎する。もっとも、先ほどの大人げない様子を見ているので、説得力はない。
 だが、一つだけ引っ掛かる事があった。
「誰から聞いたの?」
 それは何故、彼らが遠く離れた地で起こった事を知っているのか、という事。
 遠方での出来事をこんな短時間で伝達する事は不可能だからだ。
 疑問を覚えたナギサは、場に少々相応しくない訝しげな表情で問いかけた。
 すると、兵士の一人が言う。
「私たちも詳しくは分からないのですが……先ほど天から"声"がしたのです」
「天からの……声?」
「はい。女性の……それはとても優しい声で、勇者様がバラモスを退治した事を教えて下さったのです。きっと神様に違いありません!」
 現象としては、理解できる。加えて、実際にその状況に遭遇すれば神様だと信じるのも無理からぬ話だろう。
 ただ、何かが引っ掛かる――のだが。
「それよりも勇者様!」
「は、はい?」
 ナギサが仮の結論を出すよりも、また他の三人が考え始めるよりも早く、
「城では間もなく宴の準備が整います! さあ、勇者様も是非!」
「え、え? あ、あの……わ、わわっ!?」
 兵士がリノの手を強引に引いて、城へと連れて行こうとしたため、思考は中断せざるを得なかった。



 そうして、夜。
 本来なら深く静かなはずの時間だが、今日はどこもかしこもお祭り騒ぎだった。
 特に賑やかなのは、此処――アリアハン城内。
 そう、現在は宴の真っ最中であった。
 赤、藍、橙、黒、白、金、銀、などなど。
 色とりどりのドレスや装飾品を纏う女性が、タキシードを着こなす男性たちと優雅にダンスを踊っている。
 だが、主役の一人であり、初めてタキシードに袖を通したラザはというと、
「……ふぅ」
 物憂げ、というよりは困惑の滲む表情で、壁にもたれかかっている。当然、踊ってもいない。明らかに雰囲気に飲まれている証拠だった。
 おまけにリノやトラッド、ナギサとも、正装させられる時にはぐれている。ナギサは兎も角、リノやトラッドも今の自分と同じように心細い思いをしているのかもしれない、と先ほどから周囲に目を向けているのだが、人が多すぎるせいか見つかりそうになかった。
 よって何をするでもなく、また何かできるわけでもなく、彼は持て余した時間を無為に潰していたのだが、
「私と一曲、踊って頂けませんか?」
 背後から突然、誰かに話しかけられた。
 気品に溢れた艶のある音色。鼻腔をくすぐるのは、上品な香り。
 ラザに踊るつもりはなかった。自分では相手に申し訳なく思うし、何よりも踊った事がない。そもそも話しかけられるとは思っていなかったが、万が一にでも話しかけられた時は断らなければ、と考えていた。
「……申し訳ありません。私は――」
 ゆえに彼は、断るつもりで振り向いたのだが、
「ふぅん……踊ってくれないんだ?」
 そこに立っていたのは、自分のよく知る女性。
「……え?」
 見慣れない姿のせいか、一瞬我が目を疑ってしまうものの、よくよく見てみれば彼女は――確かに、ナギサ。あと、これは最後に気づいたのだが、トレードマークのウサギ耳からもやはり明らかだった。とはいえ、何故ウサギ耳を着け、しかも違和感なく場に溶け込んでいるのかは謎だったが。
「もしかして、分からなかった?」
「あ、ああ……いつもと声が違っていたからな」
 しかし、ラザが日常を思い出したのも束の間。
 ぼっ、と珍しく頬を上気させた彼は、すぐに顔を逸らしてしまった。
 何故なら。
 胸元の開いた、群青色のしっとりとしたドレス。スリットから覗く白い太ももに、すらりと伸びた足。ドレスと同色のヒール。桜色より濃く、赤よりも薄い口紅。更に、おそらくは彼女の趣味だろうが、装飾品が控え目な点も――ありとあらゆる何もかもが、ただでさえ美しい彼女をより一層美しくしていたのだから。
 つまり、ラザは直視できなくなってしまったのである。
 一方、そんな彼の緊張や動揺に気づいた彼女は、すっ、と距離を縮め、無理やり彼の視界に割り込むと、
「……それだけ?」
「え?」
「だから……すぐに気づかなかった理由って、本当にそれだけ?」
 意地悪な笑みで、問い詰めてくる。
 だが、それはいつものナギサであり――だから、だろうか。
「……ああ」
「へ?」
「姿も普段と違っていたからすぐに気づけなかった……でも、よく似合ってる」
 緊張の解れた彼は、消え入りそうでありながらもよく通る声と小さな笑顔で、自然とそう告げていた。
「な、な……」
「どうした?」
「な、なに、似合わないこと言ってるのよ…………バカ」
 すると今度は彼女の方が、ぼんっ、と頬や耳を真っ赤に染める。
「それは悪かったな」
「べ、べつに謝らなくても……その……嬉しくは、あるし」
「何か言ったか?」
「なんでもないっ!」
 滅多に見ない貴重な表情ではあったが、やはりナギサらしい愛らしさに満ち溢れていた。
「それよりも!」
「ん?」
 とその時、珍しくラザに翻弄されていた彼女は、唐突に、まるで何かを誤魔化すように唇を割る。
「その、さっきから踊ってないみたいだけど……どうして?」
「なんだ、見てたのか。だったら、声を掛けてくれれば――」
「ぐ、偶然よ。そう、偶然……たまたま視界に入った、ただそれだけだから」
「そうか」
 傍から見る限りは、全く誤魔化せていないが――それはさておき、話は続く。
「それで?」
「え? ああ、何故踊らないのか、か」
「そうよ」
 確かに話は淀みなく続いているのだが、
「……俺が踊れると思うか?」
「あー……そういうこと。なーんだ、てっきり誰かを待っ――……ま、まぁ、私には関係のないことだけど」
「は?」
「だから、なんでもないの!」
「……そうか」
 何故か、全く前に進む気配がない。
「そういうナギサは踊らないのか?」
「え?」
 そこでラザは話を変える事にした。
「ナギサのことだから、踊れるんじゃないのか?」
「あのねぇ、私を何だと……一応、一通りは見たから覚えたけど」
「なら踊ってくればいい。こういうのは嫌いじゃないだろう?」
「……まぁ、ね」
 そして、少し名残惜しくはあるが、これで話は終わると思った。
「……ねぇ、ラザ」
 だが、ナギサは不意に顔を伏せた後。
「さっきの話、なんだけど……」
「さっきの?」
「だ、だから……えっと……最初に話しかけた時の、こと」
「……ああ、俺のことなら別に気にしなくても――」
「そうじゃなくて……!」
 一体、彼女はどんな心境だったのか。

「本当に、私と……………………踊る?」
「……え?」

 ラザが全く予想していなかった提案を申し出てきた。
 しかし、彼が呆然と自失し、回答できないままでいると、
「ほ、ほら! 知らない人と踊るなんて私の性に合わないし、ラザも退屈そうだし……」
 ナギサは、ひとしきり何処か的外れな理由を述べた後、
「それとも……私とじゃ、イヤ?」
 ナギサらしからぬ不安げな声で問いかけてくる。
 仲間だから、だろうか。
 親友だから、だろうか。
 それとも――どういった形であれ、以前よりも自分に心を許してくれているのだろうか。
 それは分からない。確かに、分からないのだが。
「……私と」
「え?」
 真っ白い手を取り、そのまま手の甲に唇を落としたラザは、
「私と一曲、踊って頂けますか?」
 そう申し出てから、彼女の手を引く。
 対してナギサは、ほんの数秒は固まったものの、
「全く……もう少し普通にしなさいよ」
 すぐに我に返って、今の行動に呆れて見せると、
「……足だけは踏まないでね」
 やがて、いつもの笑顔を浮かべ、彼と踊り始めるのだった。



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