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※あらすじ ゾーマが絶望を宣告してから、六日後。 バラモスが倒されたという報せは全世界に広まった後だが、ゾーマの事は一切知られなかった。 かの闇が現れる前、宴に参加した者は全員逃げ出していたからである。 王と大臣は、それを"老朽化の進んだシャンデリアが一斉に落ちてきた"と説明した。事情を知っているリノたちには不自然な理由だったが、何も知らない者たちにとっては、幸いにも納得のいく理由となったようだった。 そんな中。 リノとトラッドが、彼女に会いに行こう、と考えた矢先。その人物は現れた。 報せを聞いた後、自分の仕事を大急ぎで片付けて、アリアハンに駆けつけたヤヨイだった。 元々はリノたちを労うために訪れた彼女だったが、二人に事情を聞くや否や同行を申し出た。 最初は反対だった。 だが、彼女は一歩も退かない。 それでも"一緒に戦いたい"という理由だけなら、まだ断れたのかもしれない。 しかし、彼女はこう言ったのだ。 両親を捜したい、と。 あの町では出会えず、いつしか最悪の可能性を覚悟していた彼女にとって、アレフガルドは最後の希望となったのである。 そして彼女は、敢えて口にはしなかったものの、実はこうも考えていた。 もう一度、あの人に逢いたい。 こうして並々ならぬ決意を感じ取った二人は、ヤヨイの同行を受け入れたのであった。 そうして、七日目。 それぞれの成すべき事を終えた五人は、ラーミアの背に乗って、ギアガの大穴からアレフガルドへと旅立った。 辿り着いたのは、夜の暗さを圧倒的に凌駕した"昏い闇の世界"だった。 最初に出会ったのは、漁師の親子。 リノたちから事情を聞いた彼らは、快く船を一隻貸してくれると、東にあるラダトームの事を教えてくれた。 何でもそこは、ゾーマが現れた時からずっと戦い続けているらしい。 とにかく、この右も左も分からない世界を――アレフガルドを少しでも知る必要がある。 そう考えたリノたちは、早速ラダトームへと向かった。 到着したのは、二日後。 見た事もない魔物たちの襲撃に身体は疲労していたが、五人はすぐさまラダトーム城へ足を運ぶ。藁にも縋る思いなのか、謁見の許可は簡単に下りた。もしかすると、リノたちに希望の光を見出したのかもしれない。 ともあれ、リノたちは考えられる限りの"最悪の状況"を想定し、覚悟を決めて謁見に臨んだ。 そして、知った。 この世界にリノの父親――オルテガがいる事を。 怪我と火傷の満身創痍状態で空から落ちてきた彼は、動けるようになるとすぐに、たった一人でゾーマの元へと向かったらしい。 リノはいてもたってもいられなくなった。 だが、ゾーマの城はラダトームから見える位置にはあるものの、広大な海の向こう側、それも断崖絶壁の頂上にあると言う。つまり、何らかの手段を見つけなければ辿り着く事すらできない。 瞬間、リノの脳裏に別の"最悪"がよぎる。 しかし、トラッドの励ましを受けてどうにか立ち直ると、五人はラダトーム王の期待を背に城を後にした。 それから五人は、城の兵士たちと町の人々に話を聞いた後、道具屋でアレフガルドの地図を購入し、ひとまず宿屋へと向かった。情報を一旦整理し、これから何をすべきかを話し合うためである。 集まった情報は、以下の通り。 船で東に向かうとマイラという村があり、そこには妖精の笛がある。 北の洞窟には底なしのひび割れがあり、それはゾーマの出現とともに現れたらしい。 精霊ルビス様がアレフガルドを創ったのだが、今はゾーマに封印されている。 誰にでも使いこなせるわけではないが、かつてラダトームの宝物庫には、王者の剣、光の鎧、勇者の盾と呼ばれる強力な武具があった。だが、光の鎧と勇者の盾はゾーマの手によって隠されてしまい、王者の剣に至っては眼前で破壊されてしまった。補足すると、眼前で破壊というのは、アリアハン城で現れた時と同じ方法である。 王者の剣が砕かれた瞬間、剣から産まれた一筋の流れ星が遙か西へと落ちた。 雨と太陽が合わさりしとき虹の橋ができる、という古い言い伝えがある。 この時点でも気になる言葉はいくつかあったのだが、何をどうすればいいのかはまだ分からない。そこでトラッドは、これらの情報を踏まえた上でもう一度町の人たちに話を聞きに行こう、と提案する。 これより綴られるのは、ヤヨイの物語。 一人でラダトームの城下町を駆け回っていた時に訪れた――再会の物語である。 ※本編 「すまないねぇ、力になれなくて」 「い、いえ! お話を聞かせて頂いてありがとうございました」 ラダトーム城下町の北東部。世界を覆い尽くす闇の濃密さが生む息苦しさに未だ慣れないものの、ヤヨイは半ば無我夢中で町の人たちに話を聞き回っていた。そのキッカケは、 『今までの情報を得た上で、もう一度話を聞いてみようか』 というトラッドの案によるもので、それを聞いた彼女は一人で駆け始めたのである。 何かあったわけではない。後ろめたさもなければ、町作りに携わっていた間の空白が一抹の気まずさを覚えさせたわけでもない。 ただ、応援したいだけ。 リノとトラッド。ナギサとラザ。 そんな二つの恋を応援したい、と思っただけだった。 特にナギサとラザは、以前会った時よりもぎこちない印象を受けた。だから、少しでも二人っきりの時間を作れれば、と考えたのである。そして、そのささやかな願望も、リノの手を引いたトラッドのおかげで、無事に達成していた。 もしかすると、だからこそ自分はこうして元気に駆け回っていられるのかもしれない、とヤヨイが思った――その時。 不意にとある建物が視界に入ってきた。教会だ。 かなり大きく、一目見ただけで二階建てと分かる立派な外観で、それ以外は上の世界と何ら変わりはない。 (……さっきは入らなかったっけ) 教会を斜めの角度から眺めていたヤヨイは、まず記憶を手繰り寄せる。そして、その記憶に間違いがない事を自身の中で確認した後、二度ほど深呼吸を繰り返す。目的はもちろん、神父様に話を訊く事なのだが、例えそうではなくとも場所が場所だけに落ち着かなければ、と見えざる手が背中を押したのである。 手応えは少し重い。そこで改めて扉を見据えたヤヨイは、装飾に金属が用いられている事に気づき、きぃ、と扉が音を立てた時に初めて真鍮製のドアノッカーに気づいたのだが――開けてしまったものはしょうがない。 「……すいませーん」 彼女は芽吹いた罪悪感を打ち消すべく、おそるおそる声を発した。だが、返事はない。そのため、ほんの数瞬は"入ってもいいのだろうか"と迷いはしたのだが、 (お祈り……していこうかな) ふとそう考えた彼女は、思い切って足を踏み入れた。 しん、とした静寂が、元々備わっていた神聖さを確かなものへと変えてゆく。 ヤヨイは何度か長椅子に触れながら、真っ直ぐに女性の像が祀られた祭壇へと歩いていった。程なくして辿り着くと、心持ち衣服を整え、緩やかに片膝を着いてから、きゅっ、と両掌を軽く絡ませる。そうして柔らかく瞼を下ろした後、無心で祈り始めた。 アレフガルドを覆う闇が晴れますように。 世界中の人たちの笑顔が戻りますように。 最初は、この世界のこと。 リノさんと師匠が幸せになりますように。 ナギサさんとラザさんが仲良くなりますように。 続いて、仲間のこと。少々気の早い願い事ではあるが。 父さんと母さんが元気でいますように。 次は両親のこと。 いつか無事に再会できますように。 できれば、あの人ともお話できますように。 最後は自分のこと。 祈りという行為にさして影響するわけでもないが、何とも彼女らしい順番である。 ともあれ、祈りを終えたヤヨイは目を開き、両の掌を解きながら立ち上がって、そろそろ宿へ帰ろうと考えた――矢先。 教会の右側にある階段を発見した。 すぐに気がつけなかったのは、圧倒的な神聖さや荘厳さに萎縮したからかもしれない。 などと脳裏の片隅で自己分析に勤しみつつ、ヤヨイが階段の先を注視すると、そこからは明かりが漏れていた。 静寂と粘度の低い暗闇に柔らかく降り注ぐ、人工的な灯り。 きっと神父様に違いない、と思ったヤヨイは、突然の来訪を謝罪する意味で挨拶をしよう、と考えながら階段を上がり始めた。 ぎっ、ぎっ、と軋みが響く度に輝きを増す光。膨れ上がる、緊張――にも拘わらず。 こんにちは、だろうか。 こんばんは、だろうか。 頭の中は少し場違いな事がよぎっている。いや、もしかすると"だからこそ"なのかもしれないが。 兎にも角にも、ヤヨイは階段を上り切る。その時、まず耳に届いたのは、 「ん……もう夕食の時間か?」 内容は理解できても、声の主がどういった状況なのかは把握できない問いかけ。 しかし、ヤヨイの心臓は、 (…………え?) 小さな驚きとは裏腹に、どくん、と大きく跳ねていて。 一歩、また一歩と足を動かす度に、 どくん、どくん。 聞こえてきた声を、思い返す度に、 とくん、とくん。 おもむろに、だが確実に鼓動は速くなっていき、その期待と不安を表現をするように そうして、ヤヨイが部屋の奥に辿り着いた刹那。 「いくらなんでも、まだ早――」 「あっ……」 漠然とした予感は、歴然とした現実へと変わった。 何故なら、綺麗に磨かれた鉄格子の向こう側には、 「……嬢ちゃん?」 先ほどヤヨイが逢いたいと願ったばかりの―― ――"あの人"がいたのだから。 だが、驚いたのは彼も同じだったらしく、 「……なんでこんなところに?」 そんな当たり前の質問が出たのは、数十秒の空白を経た後で。 「カルロス、さん」 返答を忘れたヤヨイが熱を帯びた音色で彼の名前を呼んだのも、数十秒の空白が流れ去ってからの事だった。 必然的に訪れる、沈黙。 それが五秒、七秒、十三秒――やがて三十一秒が過ぎた頃。 「ひょっとして小僧と――」 最初に唇を割ったのは彼――だったが、 「あ、いや……」 すぐさま自分の失言に気づき、口を噤んだ。 動揺に一瞬でも支配された彼は、"カルロス"が決して言ってはならない言葉を呟いてしまったのだ。ゆえに、彼は今の失言を打ち消せるような言い訳を、慌てて探し始める。 だが、しばし呆然と自失していたヤヨイは、 「……大丈夫、ですよ」 潤んだ声で一旦は間を置いた後、 「もう気づいてましたから…………カンダタさん、だって」 この上なく嬉しそうな顔で、彼の本当の名前を口にした。 カンダタは目を見開く。言葉はない。しかし、すぐさま冷静さを取り戻すと、 「……いつ、気づいた?」 溜め息混じりで肯定を疑問に置き換えて、訊ねる。 対してヤヨイは、改めて微笑んでから答える。 「お別れしたあの日…………私の頭を撫でてくれた時、です」 牢獄で過ごした最後の日と、初めて出会った日の事を思い出しながら――しかし。 「だって、あの掌の感触で私はカンダタさんのことを――」 彼女は自然と紡ぎかけた理由が、 『好きに、なったんですから』 あまりに大胆な告白だと気づき、咄嗟に両手で口を押さえた。 「ん? どうした?」 当然の疑問符。 「えっ……えとあの……」 「言いづらいなら、無理に言わなくても――」 「い、いえ! そういう、わけじゃ……ないんです、けど……その」 「???」 ヤヨイは必死で間を繋ぎ、大急ぎで別の言葉を考えた結果、 「カ、カンダタさんのことを"いい人"だと思ったんですから……!」 何とか無難な回答を口にする事ができた。 「で、でも! あ……あの時とは逆ですね」 そして、深く追求されないよう矢継ぎ早に言葉を重ねる。 酷く不自然で、それはずっと続いていて、おまけに鼓動はひたすらに、どくんどくん、と忙しなく、 (あ、あれ? 話したいこと、沢山……たくさん、あったはずなのに) 精一杯の思考は、目一杯に迷走するだけで、平静を装うのが今の限界だった。 「……まぁ、俺が本当に"いいヤツ"なら、こんなところにはいないと思うがな」 しかし、幸いにも気づいていないカンダタが、呆れたように自虐的な呟きを落としたため、 「あっ……ど、どこかで聞いたことのある台詞、ですねっ」 ヤヨイはどうにか落ち着く事ができた。 それから、ほんの数分後。 「ところで……どうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」 ヤヨイは本来なら真っ先に飛び出すであろう問いを、今更ながら投げかけた。 「……そうだな」 そこでカンダタはしばし思案に暮れた後、 「確かアレフガルド、だったか? まぁ、名前なんざどうでもいいんだが……偶然でも違う世界に来たからには何か珍しい物でも、と思ってな。それで城に忍び込んだんだが……そこでドジを踏んじまった、ってわけだ」 すらすらと"嘘"を吐いた。 本当はラダトーム城で情報を集めていただけなのだが、門を通らずにこそこそと探っていたため、不審人物と間違えられただけなのである。 だが、正直に話すつもりはなかった。 「……本当なんですか?」 「ああ――って忘れたのか? 俺は盗賊だぞ?」 たとえ、彼女に疑われようと。 「今となっては、それも怪しいんですけど」 「嬢ちゃんがどう思おうと勝手だがな、それが事実だ。ロマリアの王冠を盗んだことだってあるしな」 たとえ、彼女が不満げに頬を膨らませようとも。 この純粋で心優しい少女を遠ざけたかった。 自分と関わったところで、何もいいことなんてない。 自分には間違う事と傷つける事しかできない。 そもそも、それもアレフガルドに足を踏み入れた理由の一つなのだから。 「そういう嬢ちゃんは?」 などと考えつつ、カンダタは彼女の"ある意味では正しい"疑念を避けるべく、そう問いかけた。 「はい?」 「散歩でこんなところに辿り着くわけがねぇからな。何か事情があるんだろ?」 そして、彼の思惑通りに思考を遮られたヤヨイは、包み隠さず事情を説明した。その警戒心のない行動にも頭が痛くなったが――それはさておき。 話を聞き終えたカンダタの第一声は、 「両親……早く見つかるといいな」 という無自覚の優しい言葉で、 「……とにかく、今は嬢ちゃん一人だけなんだな」 付け加えられたのは、改めて確認するまでもない事実を知った事への、明らかな安堵だった。 しかし、ヤヨイはその言葉を違う意味に受け取ったのか、 「皆さんを呼んできましょうか?」 そんな提案に唇を割った。もちろん、それが心からの親切なのは言うまでもなく、少し心が動いたのも事実だった。 「……いや」 だが、彼は首を横に振り、 「皆さん……特に師匠は喜ぶと思いますよ?」 彼女は尚も決心の鈍る言葉を続けるものの、 「頼む。俺のことは黙っててくれ」 微塵も揺らぐ事なく、彼はそう言った。 「……どうして、ですか?」 そんな一言が必要ないぐらいの疑問が、まざまざとヤヨイの表情に滲む。 心が痛みを訴える、苦手な顔だった。 だから、だろうか。 「お前らは俺のことを善人だと誤解してやがるからな――……余計な心配をさせたくねぇんだよ」 カンダタは自身の話した内容が矛盾を孕んでいる事に、気づかない。 しかし、それを察したヤヨイは、 「…………わかりました」 一度はそう頷き、彼も密かに胸を撫で下ろしたのだが、 「その代わり、一ついいですか?」 幼さの残る小さな人差し指を、ぴっ、と立てた後。 「私一人だけなら、またここに来てもいいですか?」 「…………は?」 基本的に冷静なはずの彼が凍りつかざるを得ない条件を提示してきた。 カンダタは考える。 考える。考える。考える。 それでは意味がない、と断る理由を考え続ける。 しかし、それよりも早く。 「……じゃあ、皆さんを連れてきますね」 彼女が恐ろしい事を、明るく澄んだ声で呟きながら立ち上がったため、 「ま、まて!」 大慌てで制止したカンダタは、 「……あまり頻繁に来るんじゃねぇぞ」 渋々と承諾し、 「はいっ!」 極上の笑顔を見せる彼女に、はっきりと頭を抱えるのであった。 その後、すっかりご機嫌な様子で質問攻めをしていたヤヨイだったが、 「あっ……もうそろそろ、帰りますね」 ふと過ぎた時間の事を思い出したらしく、唐突に会話を打ち切った。 名残惜しそうな、面持ち。 「……ああ」 それを不思議に思いつつも、彼は片手を挙げて頷く。 自分も同じ顔をしているとは、全く気づかずに。 だが、彼女が立ち去りかけた瞬間。 「……そういえば嬢ちゃん」 カンダタは初めて自分から呼びかけた。 「どうしたんですか?」 一方のヤヨイは、パタパタと尻尾を振る子犬を連想させる弾んだ足取りで、再び駆け寄ってくる。 本当に変わっている、と改めて思い知らされたカンダタだが、 「あいつらに伝言だ」 その感想を押し殺して、言った。 「ラダトームに"太陽の石"ってのがあるらしい」 何らかの手段で、いずれは伝えようと考えていた情報を。 「太陽の石、ですか?」 「ああ。何に使うかは知らねぇが、ただの石ころにこんなご大層な名前はつかないだろ。だから、何かの役には立つんじゃねえか?」 ヤヨイはしばらく考え込むものの、 「そう、ですね……分かりました! 皆さんにお伝えしておきますね」 程なくして首肯。やはり笑顔だった。 「俺の名前は出すなよ」 ともあれ、カンダタは立ち去る少女に釘を刺しつつ、相変わらずの無愛想な顔で見送ったのだが、 「……ったく、あの嬢ちゃんは」 自分が一体どういった心境でそう呟いたのかは、よく分かっていなかった。 次の話 |