「ロト」


 ※あらすじ
 ラダトームで"太陽の石"を。そこから北の洞窟で"勇者の盾"を。
 王者の剣が砕けた時に流れた星を追った先、西の砂漠に佇むドムドーラで"オリハルコン"と呼ばれる金属を手に入れたリノたちは、ラダトームの東に位置する村、マイラへと向かった。
 オリハルコンを扱える刀鍛冶がいる、という噂をドムドーラで耳にしたからである。
 そして、マイラで出会った刀鍛冶の夫婦は――

 ――ヤヨイの両親だった。

 長い、あまりにも永すぎる時を経た再会。
 水を差すのは忍びない、と思ったリノたちは四人で宿に行った。
 その翌日、改めて刀鍛冶の元を訪れた四人は、オリハルコンをヤヨイの父に手渡した。だが、いくら扱えるとはいえ、すぐに剣が完成するわけではない。可能な限り早く仕上げられるよう全力を注ぐ、と彼は言ったが、当然ながら相応の時間は掛かる。
 よって四人は、妖精の笛を探す事にした。これもドムドーラで聞いた話だった。
 とはいえ、用途自体はまだ分からなかったのだが、妖精の笛を探索する途中、
『妖精の笛には石像にされたルビス様の封印を解く力がある』
『ルビス様はマイラの西の小島の塔に封印されている』
 という情報を手に入れる事ができた。
 そこで、無事に"妖精の笛"を見つけたリノたちは、ヤヨイを説得して両親の元に留まらせた後、塔を目指す事にした。


 そうして辿り着いた塔の頂上には、神聖な美しさを携えた女性の石像があった。
 ほぼ直感で理解したリノは、すぐさま妖精の笛を吹く。
 当初、楽器に触れた事のない彼女は戸惑いを隠せなかったのだが、試すつもりで"妖精の笛"に息を吹き込んだ瞬間、指は自然と動き始めた。
 不思議と、魔物の姿がない塔の最上階。
 しん、と静まり返った空間に芽吹く旋律は、ただただ美しく、ひたすらに澄んでいて、ここが魔物の蠢く塔の中であるという当たり前の事はおろか、深い闇に覆われた世界である事も忘れてしまう、そんな音色が辺り一帯と四人の心に響く。
 やがて、神の見えざる手によって紡がれた演奏が終わると、光が産声を上げた。
 温かな光。
 優しい光。
 表現の方法は多種多様にして多彩だが、全て世界の創造を想起させるもので。
 精霊神ルビスは復活を果たす。
 彼女はまず、封印を解いた四人に頭を下げ、リノの手を握り締めながら感謝の気持ちを述べる。状況が状況とはいえ、それは奇跡的であると同時に罪悪感を覚えてしまう行為だった。
 だが、この時。
 ルビスは、そっ、とリノに何かを手渡すと共に、満面の笑みを伏せ、こう呟く。
『それは聖なる守りです。きっと、あなたの助けとなるでしょう』
 掌を開くと、そこには不死鳥を模した紋章があった。触れるだけでも力が、そして見ているだけでも勇気が沸いてくる、心強くて頼もしくて、何よりも温かい"印"。
 本来なら奮い立つべきなのだろうが――それは叶わない。
 何故なら、当のルビスが表情を曇らせているのだから。
 四人は顔を見合わせる。言い換えれば、言葉を待っている。
 底冷えの鳴る不穏が立ち込めていたが、聞かなければ――知らなければ、ならない。
 そんな気がした。
 ほんの数瞬。おそらくは数十秒にも満たない数秒の空白を経て、ルビスは語り始めた。

 勇者が存在する意味と――神々の犯した罪を。



 ※本編

 太陽。月。星。空。海。大地。雲。木々、などなど。
 かつて、神々は世界を創った。
 鳥。魚。獣。人間――すなわち、ありとあらゆる命。
 かつて、神々は生命を産み出した。
 そして見届けた。
 世界と生命が交わった先には何があるのか。
 世界はいかにして生命を育むのか。
 生命はいかにして世界を歩むのか。
 その様子をただ、じっ、と見つめ続けてきた。
 それは、まだいい。
 世界には苦しみもあるが喜びもあり、生命として誕生しなければ触れる事すらできない。
 そう思えば感謝こそすれど、恨む気持ちはなかった。
 だが、遠い――人の知らない遠い時代。
 一人の神が、新たな生命を創造した。

 魔物、である。

 その神は平穏に回り続ける世界に退屈してしまったのだ。
 とはいえ、その時はまだよかった。
 力を合わせた人間たちは魔物を撃退し、一時的にでも神々の退屈を殺したのだから。
 しかし、また別の神が新たな魔物を生み、それを人間が再び退治する。
 そんな事が繰り返される内に、神々はそれに熱狂していった。

 人間が何処まで堪えられるのかを知りたくなったのである。

 最初はすぐに破綻するだろうと予測されていた。そうなったらすぐに止めよう、とも。
 だが、知恵を絞る人間たちは、予想に反して次々と戦う術を身につけ、生存に繋がる道を誤らず選択してゆく。

 際限のない、再現。
 幾度となく交錯する、崩壊と構築。そして、闘争。
 次第に神は夢中になっていき、冷静さを失い、失い続けるあまり、歯止めが効かなくなっていく。
 そんな最中だった。

 予期せぬ形で破綻が訪れたのは。

 例えばの話。
 人と人――国と国が戦争したとする。すると片方は栄え、片方は滅びる。
 勝者と敗者の決定である。
 しかし、戦いに敗れた国の住人が滅ぶかと言えば――答えは、否。
 例外はあるだろうが、殆どの場合はそうならない。
 逃げ延びる者もいれば、勝利を収めた国に隷属する者もいる。生き延びた後に隠れて、そのまま天寿を全うする者もいるだろう。
 要約すると、生命が生命である限り、簡単に死滅したりはしないのである。

 そして、それは――魔物にも当て嵌まる。

 そう。
 生き残った魔物たちが、新たに生み出された魔物たちと交わり、誰にも予想できない"進化"を遂げてしまったのだ。
 そうして人間は、ゆっくりとではあるが確実に追い詰められていく。
 世界の天秤が悪しき方向へと傾き始める。
 しかし、半ば狂っていたと言ってもいい神々はすぐに気づけず――気づいた時にはもう、全てが手遅れだった。
 自らが創造した生命にも拘わらず、手に負えなくなっていた。
 彼らはしばし途方に暮れた後、考え出す。
 考える間にも世界は回り続け、ますます手がつけられなくなってゆく。
 そこで神々は、初めて力を合わせて"あるもの"を創り上げた。

 勇者――"ロト"という新しい生命を。
 ただ、魔物を滅ぼすためだけの――悲しい存在を。

 そして目論見通り、脅威を退ける事はできた。
 世界の均衡は、確かに調律された。
 だが、いかに力を持った存在とはいえ、もしくは力を持っているがゆえに、"ロト"は人間でしかなく、それが精一杯だった。
 付け加えると、"ロト"を創造した神々は力を使い果たしてしまい、その回復には人の身では想像すら不可能な時間を必要とした。
 つまり、"ロト"が息絶えたからといって、すぐに次の"ロト"を創る事ができない。ただ、"ロト"の創造と"魔物"の進化という異なる周期が重なった事は、奇跡と呼んでもいい唯一の救いではあったのだが――いずれにしても神々は、力が回復する度に"ロト"を創り出すという方法でしか、世界を保つ事ができなくなってしまった。
 全知全能、そして悠久の存在であるがゆえに。
 かつて犯した過ちを。
 決して償う事のできない罪を、永遠に償い続ける――そのはず、だった。
 しかし、そうはならなかった。
 何故なら。

 いかに生命を創造しようとも、世界に干渉する事は赦されない。

 その約束を二人の神が破ったからである。
 一人は、精霊神ルビス。
 あらゆる生命の中、特に人間を愛していた彼女は、ただ救おうとした。
 罰を怖れず、痛みに心を折らず、ルビスは罪を犯して罪を償おうとした。
 だが、もう一人の神――ゾーマは。
 彼も確かに生命を愛していた。しかし、それ以上にルビスを想っていた。
 だから、考えた。
 ルビスが苦しみ続ける事しかできない世界なら、滅んでしまえばいい。
 そんな結論に行き着いてしまった。

 こうして彼は魔物を率いる魔王となり、今だけは、とルビスを封印した。
 この時はまだ正気だった。
 しかし、終わりの見えない闘争に身を投じる内に、彼はいつしか"闇"へと堕ち、

 ルビスのことを――忘れた。

 話し終えたルビスは、告げる。
『あの人を――ゾーマを止めて下さい』
 と、現在の"ロト"であるリノに懇願した。

 だが、ルビスは知らない。
 惑いがちに頷いたリノの体内が"闇"に侵蝕されている事も。
 今、どんな不安を抱いているのさえも。

 少女は思い出していた。

 ラダトームの北にある洞窟で見つけた、勇者の盾。この塔で見つけた、光の鎧。
 リノがそれらの武具に触れた途端、跡形もなく消失してしまった瞬間の事を。

 だからこそ、思ってしまう。


 自分は"ロト"のできそこないなのかもしれない、と。



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