「世界と旅路の果てへ」


※あらすじ
 七色に輝く虹。
 万物の侵入不可を叫び謳う圧倒的断絶を携えるは、高々度の山脈に囲まれた絶対孤島。
 魔の島。その最奥に位置するゾーマの居城。
 ラダトームで初めて目の当たりにした時は、挑むどころか辿り着けないかもしれない、とすら思えた場所。
 それを繋いだのは、虹の架け橋だった。

 ナギサはまだ戻ってきていない。
 本来なら待つべきだったのかもしれないし、普段なら待つはずだったのかもしれない。
 だが、先に行ってて欲しい、と彼女は言った。
 ゆえに、リノたち三人は足を動かした。
 迷いも惑いも置き去りにし、決して鈍らせる事なく、歩みを進めた。


 最後の戦いが――今、始まる。


※本編

 視界を遮る鬱蒼とした森。歩く事が考慮されていない荒れた道。武器を思うように振るわせないごつごつした岩肌。体温を掠め取る底なしに底知れない冷気を帯びた沼。
 そして、生命が感じられない、圧倒的で異様な存在感を放つ建造物。
 絶対的孤島という条件から、その後の道程、果ては末路に至るまで、ありとあらゆるが人を拒んでいる。
 それが大魔王ゾーマの棲まう城――現在のリノたちを取り巻く世界の全てだった。
 引き返したい。
 引き返す事はできる。
 引き返せば、少なくとも世界が滅びるまでは生き長らえられる。
 しかし、それでは意味がない。
 たとえ誰かに責められなくとも、此処で引き返す事によって世界が終わってしまうのなら、旅を続けてきた意味そのものがなくなってしまう。
 ゆえにリノたち三人は、ごくり、と緊張に喉を鳴らした後。

 強大な"闇"が鎮座する居城へ、とうとう足を踏み入れた。

 眼前に広がるは、途方のない空間。明らかに広い。もしかすると、我が物顔で闊歩するよこしまに澱んだ雰囲気がそう感じさせたのかもしれないが、それでも外観とは掛け離れた広大な印象があった。
 だが、それほど異質な異常でありながらも。
「……おかしいな」
「え?」
「誰も、いない……?」
 人はもちろん、魔物の気配すら感じられない。
 隠れているのだろうか。
 三人の中で最も鋭いトラッドですら察知できない――そんな人の身では思いもよらない方法で身を潜め、機を窺っているのだろうか。
 何せ相手は、元は神であり、今も同等と呼べる存在――大魔王。
 決して有り得ない話ではない。
 しかし、トラッドを先頭にリノたちがどれほど慎重に歩を進めても、魔物が襲いかかってくる兆しは一向になかった。
 罠かもしれない。それとも本当に誰もいないのか。
 そうだとしても油断はできない。
 底冷えの鳴る緊張が歩みを鈍らせ、神経を磨り減らす。
 しん、
 と静まり返った城内の空気を、途切れさせず、また果てなく張り詰めさせてゆく。
 しかし、中央――大広間と思しき場所の扉が重圧的な手応えを伴って、ぎぎっ、と錆び付いた音を立てて開き、リノたちが音を殺して足を踏み入れ終えた刹那。
 あれほど重かった扉が、あっ、という間もなく閉ざされ――状況が一変した。
 ただの飾りだと思われた石像の目が禍々しい赤に光り、一斉に動き出したのである。
 その数は、六体。
「くっ……!」
 虚を突かれ、驚きに目を丸くし、身体を強張らせながらも、三人はそれぞれの武器を手に構えを取る――が。
 巨体に相応しい重量を持つ石像の動きは、無意識の予測を遙かに凌駕するほど速く、それでも天井近くからの自由落下攻撃は避けられたものの、その内の二体から間隙なく振り下ろされた拳に、トラッドとラザは壁に叩きつけられた。
「っ……」
 口から吐き出される、胃液の混じった呻き声。防御、もしくは力をわずかでも受け流したのか、幸いにも命に別状はないようであったが、かといってすぐに動ける状態というわけでもない。
 だが、床を踏み抜く勢いで地を震撼させる石像の群れは、先刻よりも緩慢ではあるが、確実に近づいてくる。倒れ伏した二人に冷たい死を与えるべく、迫ってくる。
(……らなきゃ)
 その時。
(守らなきゃ)
 どくん、とリノの心臓が跳ねた。
 いや、違う。
 これは自分ではない誰かの――もっと別の"何か"が奏でる鼓動。
 人の織り成すモノとは似て非なる、生命の息吹。
 しかし、今はそれどころではない、とリノが構わず駆け出し、
(二人を……守らなきゃ……!)
 はっきりと強く、そう想った――直後。

 ごう、と風が巻き起こった。

 そして、次の瞬間。
 激しく渦巻き、鮮烈に逆巻く嵐の中。
「リ、ノ……?」
 かろうじて目を開き、待ち受ける運命を成す術もなく見つめていたトラッドとラザの前には。

 海よりも青く、空よりも澄んでいる。
 そんな蒼穹の鎧を纏い、右手には王者の剣、左手には勇者の盾を携える騎士の姿が在った。

 一体何が起こったというのか。
 分からない。
 トラッドとラザには何も、何一つさえも解らない。
 だが、それは力だった。

 "死"と名付けられた絶望を薙ぎ払う力。
 であり、
 "生"と名付けられた希望を生み出す力。

 根拠はなかったが、そう思わせるだけの、そう思わざるを得ない輝きが――神々しさがあった。
 一方のリノは立ち向かう。
 自分の身に起きた事を理解しようとせず、ただ二人を守りたい一心で疾走する。
 しかし、石像たちも手をこまねいていたわけではない。現に、今度はリノに狙いを定め、自慢の拳と巨体を叩きつけようとした。
 それは果たされるかどうか別としても、放たれる事だけは確実なはずだった。
 だが、荒れ狂う風は行動自体を赦さず、その隙に間合いを詰めたリノは、マイラの時とは次元が違う一閃を真横に迸らせる。
 一瞬の、静寂――を経て。
 六体の内の一体、先頭で立ち尽くしていた石像は真っ二つになり、バラバラと崩れ落ちた。
 ただし、粉砕されたのではなく――斬り裂かれたのである。それも、たった一度の斬撃で、だ。
 現に石像の破片は、どれも滑らかに切断された跡があった。
 トラッドは目を疑った。
 単にリノの動きを捕捉できなかっただけで、本当は目にも止まらない速度で剣が振るわれたのかもしれない。だが、初動から残心に至るまで、どう贔屓目に見てもそれは一閃のみを放った姿勢でしかなかった。
 などと不思議に思ったのも、束の間。
 リノは続けて二体目、三体目と石像を一撃で斬り裂いてゆく。
 それは美しい――今まで見た事がないのはもちろん、他の何にも例えようがないぐらい、またとても言葉では表現できないほどに流麗で、トラッドはしばし魅せられていたのだが、すぐに気づく。
 あれは剣の斬撃に因るものではなく、真空の刃がもたらした結果ではないか、と。
 あくまで推測に過ぎないが、おそらくは"王者の剣"が描いた軌跡から、無数の真空が爆ぜる――そんな奇跡的な一閃。
 普通では到底考えられない、世のことわりを覆す神秘的現象。しかし、十分に――否、十二分に考えられる話でもあった。
 何故なら、現在に至る状況そのものが、既に常軌を逸している超常的現象だったのだから。
 つまり、リノはやはり勇者で、紛れもない"ロト"なのだ――と勇気づけられた二人が、痛みも忘れて立ち上がった刹那。

「っあ……!?」

 四体目の石像を倒したリノの身体が崩れ落ち、鎧や盾、嵐が跡形もなく消失した。
「リノ!?」
 トラッドがラザが同時に叫び――そして、彼女の苦悶に満ちた表情を見て、思い出す。

『リノちゃんにとっては清められた物も濃い瘴気も毒になる』

 かつてナギサが呟いた、無慈悲な真実を。
 そう。
 強大な力であるがゆえに、彼女の身体は耐えられなかったのだ。
 助けなければ。
 二人は走る。
 石像たちの只中に取り残されたリノを、窮地から救わなければ。
 ただひたすらに疾駆する。
 遅くはなかった。傷つきながらもなお、二人の足は速かった。
 だが、間に合わない。
 遠すぎる。
 二人を守ろうと囮になったばかりに、距離が開き過ぎている。
 対して、彼女と二体の石像の間は、およそ六歩。
 それを零にすべく一歩、二歩、三歩、と。
 地を鳴動させる足音が死を引き連れて、少女を押し潰そうとしている。
「くっ……そぉ!」
 そこでトラッドは、一縷の望みを賭けてブーメランを投げようとした――瞬間。
 扉が。
「……え?」
 堅固に閉ざされ、再び開かれるところが想像もできないあの扉が爆砕され、

 ぱしん、

 と聞き覚えのある音が、粉塵の中で鳴ったかと思えば、
「ピオリム」
 続けて凜と、呪文を紡ぐ声が小さく響き、黒い影が暴風を連想させる神速で吹き荒れ――更に。
「イオ――」
 空白も澱みもなく展開された呪文によって、
「――ナズン!」
 今まさに拳を打ち下ろそうとした一体の石像は、

 すぱぁん、

 という何処か呑気な音からは予想もつかない衝撃を浴びて、粉々に砕け散った。
 轟々、と上がる絶大な破壊のあと。さすがに怯んだのか、明らかに戸惑っている最後の一体となった石像。だが、そこには颯爽と現れた人物はおろか、リノの姿すらもなく、
「お待たせ」
 声は呆然と立ち尽くしていたトラッドとラザの背後からかけられた。
 誰だろうか――言うまでもない。
 二人が振り返った先には、
「ナ……」
 黒いコートを纏い、左側に桃色リボンを巻きつけたお馴染みのウサギ耳を頭に乗せた、金髪碧眼の女性が、
「ナギサ!」
 ラザにとってはかけがえのない存在である彼女が、リノを抱きかかえ、極上の笑顔を浮かべていた。
 しかし、気が緩んだのは一瞬。
「話はあと」
 ナギサはお姫様抱っこをしたリノをトラッドに託すと、
「ちょっと片付けてくるわね」
 右手に握り締めたハリセンで右の太股を軽く叩き、
「ピオリム」
 と呪文を唱えるや否や、ハイヒールとは思えない速度で走り始めた。
 けたたましくも賑やかに律動リズムを刻むヒール。にも拘わらず、微塵も安定感を損なわない細くしなやかな体躯。本当にどういう原理なのだろう、と安堵からつい考えてしまうラザ。
 だが、当然知る由もない彼女は、ものの数秒で双方の戦闘可能領域に身を投じ、先んじて繰り出された石像の足を、発生する風圧や瓦礫まで計算に入れた巧と絶を兼ね備えし"妙"とも呼べる数ミリ単位で見切り、高く跳躍する。そして、大きな隙ができた石像に頭部に、
「イオナズン……!」
 すぱしぃん、と神速一閃ハリセンが織り成す破砕の技を鮮やかに披露し、ふわり、と華麗な着地を決めた。
「ふぅ……こんなものかしらね」
 そんな彼女は全く息が切らしておらず、どころか余裕さえ感じられた。
 ラザは確信した。
 彼女は祖父との約束を果たしたのだ、と。
 しかし、腑に落ちない点がないわけでは、ない。
 彼女の行使した力自体には何ら疑問はなかったが、その具現や顕現に至る方法に、歪とは言わないまでも微かな違和感を覚えたのは事実だった。
「……ところで、ナギサ」
 ゆえに彼は、ぽつり、と名前を呼ぶ。
 ただ、どう言葉にすればよいのか分からないため、問いかけが続けられる事はなかったのだが、
「なあに? ……ああ、これのこと?」
 表情や音色、瞳孔の収縮具合から視線の動向などで思考を読み取ったらしい彼女は、ひゅんひゅん、と小気味よくハリセンを振るいながら訊ね返した。
「んー……そうね」
 そこでナギサは、しばし思案に暮れるが、
「実戦も交えた方が早いわね――というわけで、トラッド」
 すぐに最善を導き出すと、ちょいちょい、と愛らしい猫の手で銀髪の彼を招いた。
「な、なんだよ?」
 嫌な予感がした。
「いいから、こっちにきなさい」
 嫌な予感しかしなかった。
 自覚していたわけではないのだが、彼もまたナギサの表情や口調などなどの仕草から危険を察知していたのである。とはいえ、数々の凶行や惨状を見慣れているラザや、既に状況を見守っていたリノでも何となく分かったため、特別に凄いわけでもないのだが。
 ともあれ、それゆえにトラッドは困惑し、一歩、二歩と小さく後退ったものの、
「あのねぇ……何を警戒してるか知らないけど、傷を治さなくていいの?」
 ナギサは呆れた声で、至極真っ当な意見を口にした。
「……え?」
「それとも、そんな状態で先に進むつもり?」
「あ、いや……」
 心は揺らぐ。
「だから、とっととこっちにきなさい。治してあげるから」
 あれほど堅固だった警戒心は、軽快な言動を前に容易く崩壊の一途を辿る。
「えっと……ごめん」
 その結果、元々は素直で単純なトラッドは、あっさりと従った。
 だが、彼は気づいていない。
 何故自分が誰よりも先に呼ばれたのか。
 一度は無意識に気づいていながら、疑問を彼方へ放り投げてしまった。
「はい、頭出してー」
 ともあれ、歩み寄った彼は言われるがままに、大人しく頭を差し出した――
「あ、ああ」
 ――のだが。
「気合い入れてー」
「……は?」
 明らかに必要がないであろう次の指示に、初めて疑念を抱いた直後。
「せーの……ベホマ!」

 しゅぱしぃん、

 と未知ではない既知の一撃が、頭部から背筋に沿って全身を貫いた。
「痛っ……って、何すんだよ!?」
 脊髄反射的な速度で上がる反論。もちろん筋は通っている。先ほどの衝撃とは違う意味で。
「それはともかく、傷の治りはどうかしら?」
「え?」
 しかし、全く悪びれる事がないどころか、清々しい笑顔さえ浮かべている彼女にそう問いかけられ、
「えっと……あ」
 彼は初めて傷が完治している事に気がついた。
 一瞬の疑問。
 二瞬で氷解。
「……なるほどな」
 呆然と自失しているトラッドに代わり、ラザが納得の声を、続けて回答を紡ごうとしたものの、
「そういうこと」
 久しぶりだったせいか、それとも骨と脳の髄まで愛おしく想っているからか、彼女のウインクにしばらく魅せられてしまった。
 そして、一方のナギサも彼を想うがゆえに察したらしく、ぼっ、と頬を上気させる――が、それも束の間。
「このハリセンは、いわば杖……つまりは呪文を唱えるための触媒なのよ」
「触媒?」
「そう。ハリセンで触れた部分だけっていう制約はあるけど、ハリセンさえあれば呪文が使えるってこと。その分範囲は限定されるんだけど、威力も集中するから十分よ」
 彼女は淡い感情を、主にリノとトラッドから誤魔化すように視線を逸らしつつ、意識的に淡々とした口調で説明した。
 ともあれ、ラザの推測はやはり間違っていなかった。
 ただ、そうなると新しい疑問も芽吹く――それは。
「そのハリセン……今まで使ってたもの、だよな?」
 見慣れたはずの物体に秘められた謎について、である。
「ええ。だからこそ、呪文が使えるんだけど……ラザには話さなかった?」
 にも拘わらず、返ってきたのは答えを置き去りにした問いかけ。
「もしかして、あの話か?」
 だが、ラザはすぐに思い出す。

『今はもういないらしいけど……昔々あるところに"ハリセン作り"の名匠がいたの』
『……は?』
『でも、頑固な人だったらしくてね。自分が気に入らない相手には、決して腕を奮わないから……アーニーも最初は断られたみたい』
『じゃあ、どうやって作ってもらったんだ?』
『断られても諦めずに通ったの。それで確か……三回目の時、だったかな。ようやく、それも笑顔で頷いてくれたんだって』
『…………』
『だから、このハリセンは特別なの……って、これは理由じゃないか』

 彼女の愛用するハリセンが"特別"だという事を。
 もっとも、あの時は親友からもらったという意味での特別と捉えていたのだが、
「まぁ、私もさすがに予想できなかったから驚いたけど」
 知らなかったのはナギサも同じだったらしい。
「……でも、ね」
 しかし、ぽつりと。
「特別ってことに変わりは――ううん、前よりもっと"特別"かな」
 彼女は溢れる喜びを抑えた、控え目な笑顔でそう呟き、
「……っと、ラザの傷も治さなきゃね」
 かつんかつん、と彼に歩み寄る。
「あ、ああ」
 ラザは戸惑いながらも、身構えた。
 よくよく思い返してみれば、自分はハリセンの餌食になった事がない。だが、色々な意味での破壊力は十分に理解している。ゆえに彼は、ある意味では優しいとも言える痛みに堪えるべく気合いを入れたのだが、
「じっとしててね」
 彼女は、そっ、とハリセンを頬に当てると、
「ベホマ」
 拍子抜けするほど優しく、傷を癒した。
「……おい」
 当然上がる非難の声。言うまでもなく、トラッドのものだ。
「あら? ハリセンで叩く必要がある、なんて一言も言ってないわよ?」
「……ったく」
 しかし、ナギサがあっけらかんとそう答えたため、彼は再びの一撃を喰らう前に追求を諦めるのであった。


 そうして周囲の警戒を緩める事なく、しばしの休息をとっている最中。
「……ところで、リノちゃん」
 彼女は助け出した直後はぐったりとなっていた少女を呼んだ。
 実は休息中、一度だけ魔物――マントゴーアというライオンめいた魔物の襲撃はあったのだが、
「ああ、三人は休んでていいわよ」
 と言葉と仕草で伝えたナギサが、放たれたメラゾーマを"ハリセンで打ち返す"といった離れ業で、いとも簡単に撃退してしまったのである。
 呪文を反射する呪文、マホカンタ。
 それが使われた事は理解できる。確かに理解自体は容易なのだが、難解にして奇抜な光景だと思わざるを得なかった。
「…………うん」
 ともあれ、呼ばれたリノも全てを察した面持ちで頷く。
 傷はなかった。顔色も悪くなかった。
 だからこそナギサも、目に見える傷を負った二人のの治療を優先したのだが、彼女にも何かが起こった事は明白だった。
 しばしの迷いと、伴う静謐を経て。
 リノは"王者の剣"の事を三人に話した。
 とはいえ、彼女自身も詳細を把握してはいないらしく、説明は所々不鮮明で、全体像は曖昧然とした印象を帯びていたのだが、傍らで状況を見守っていたトラッドとラザの補足もあり、また過去に同一と思しき出来事もあったため、ナギサは現象の輪郭をほぼ正確に捉える事ができた。
「…………」
 そして、しばらくは無言で思案に暮れた後。
 今もなお不安を滲ませているリノに対し、
「リノちゃん……その力は使わないで」
 ナギサは珍しく厳しい表情で、はっきりとそう告げた。
 理由は解る。わざわざ明確な形にするまでもない。
 だが、それでも。
「……え?」
 リノは疑問に唇を割った。
 諦められなかった。
 仲間を救い、世界を救う。
 そんな勇者としての――"ロト"として認められた証でもある"力"を手放したくなかったのだ。
 しかし、ふと視界に収めたトラッドとラザも、言葉こそなかったが、ナギサと同じ想いを双眸に宿している。
 分かっている。
 たとえどれほどの力であっても、苦しみが切り離せないのなら使わせたくない、と。
 リノが仲間を想う心と同じように、三人もリノを想ってくれている。
「…………うん」
 ゆえに少女は頷き――強く想う。
 もし、この力でしか救えない刻が訪れたなら。

 自分がどうなろうとも、構わない。

 深くそう誓うのであった。



 それから、数分後。
「さて……そろそろ行きましょうか」
 ナギサの一言をキッカケに四人は立ち上がった――のだが。
「……っと、その前に」
 彼女は何を思ったのか。
「リノちゃんとトラッドは、ちょっと先に行っててくれる?」
 唐突に、そんな希望を口にした。
『え?』
 三人は殆ど同時に、ぽん、という音もなく疑問符を浮かべる。
「ラザにすこーし話があるだけだから」
「でも――」
「大丈夫大丈夫、多分ものの一分もかからないから、ねっ?」
 しかし、当のナギサは理由を語ろうとせず、ただひたすらに主張し続けるばかり。
 そこでリノとトラッドは、一瞬だけ顔を見合わせたのだが、
「じゃあ、先に行くけど……何かあったらすぐに戻るから」
 腑に落ちない、といった面持ちではあるものの、結局は素直に従った。
 不可解が皆無というわけでもないのだが、それ以上に信頼を寄せているのである。
 ともあれ、二人が気遣うように早足で十歩ほど遠ざかるのを確認した彼女は、
「……さて、と」
 改まった様子でラザへと向き直り、ほんの数秒ほど顔を伏せ、
「えっと……ラザ」
 酷くぎこちない音色で、ぽつぽつり、と名前を呼んだ後。
「どうかしたのか?」
 素朴で、間違いなく何も予想していないであろう彼に――

 ――彼の、頬に。

「……た……ただい、まっ」

 ちゅっ、と不意打ちでキスをし――そして。
「……ナ、ナギサ!?」
 一拍遅れて、激しい狼狽を露わにした想い人に、

「い、いいじゃない――……好き、なんだから」

 ほんのり朱い可憐な笑顔で、大胆に告白するのであった。



次の話

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