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一週間、二週間、三週間――そして、一ヶ月が過ぎた。 「……あの娘、最近来ませんね」 無言。 「ケンカでもしたのですか?」 沈黙。 「それとも彼女を怒らせるような――傷つけるようなことを言ったのですか?」 無言沈黙無言。 止むを得ない、沈黙。 神父の言葉一つ一つが正しいと理解していたから。 彼女が怒ったのは予想外でも、傷つけるつもりで言ったのは事実だと自覚していたからだ。 ゆえに彼――カンダタには、 「……うるせぇよ」 そんな益体もない悪態を吐くのが精一杯だった。 しかし、その退屈を望んだのは。 朝起きて、教会の雑用を手伝い、夜眠るだけの生活を求めたのは、他ならぬ自分自身。 付け加えると、実は牢屋の外で彼女と会う事も許されていたのだが、それをしなかったのは必要以上に近づく事を無意識に恐れていたからでもある。 だから、これで良かったのだ。 後は永い退屈を無為に咀嚼し、無理にでも燕下するだけの日々を延々と繰り返すだけ。 きっと苦痛に違いない。 けれど、それが過去の償いになるのなら。 そして、あの少女のためにもなるのなら。 紛れもなく最善だったのだ。 それから、更に一週間が過ぎた昼下がり。 「なんだこりゃ?」 「おや、見て分かりませんか?」 「……手紙だろ。そんなもんは見りゃ分かる」 少し遅めの昼食を持ってきた神父は、カンダタに一通の手紙を差し出した。 手紙の意味するところ、つまり誰かが誰かに伝えたい気持ちを可能な限り形にしたもの、それぐらいは分かる。 問題は、彼が何故自分にそれを差し出したのか、だ。 普通に考えれば、自分に宛てられたものだから、という結論はすぐに導き出せる。だが、生憎そういった知り合いに思い当たる節はおろか、そもそも知り合いが少ない。ふと脳裏を掠めたのは、彼女――自ら遠ざけたあの少女だけだが、手紙を出すような印象がなかった。 彼女なら手紙など出さず、例えケンカしていても直接伝えにくるのでは、と思ったからだ。 一瞬、彼女が他の誰かに自分の所在を教えたのではないか、という考えもよぎったが、それは何となく有り得ない気がした。 ゆえに芽吹いた、訝しげな音色。 しかし、神父はあっさりと言う。 「貴方に宛てられた手紙を貴方に渡すのが、そんなに不自然なことですか?」 疑問を解消する言葉を、何処か含みのある笑顔で。 「…………貸せ」 不安。不吉。焦燥。苛立ちに――幽かな期待。 それらがないまぜの乱暴な手つきで、カンダタは封筒に入った手紙を奪い取り、表裏、裏表、と引っ繰り返す。だが、何も書かれていない。これでどうして自分宛てだと分かるのか、と問い質そうとした矢先、 「では、私はすることがありますので」 音もなく階段まで離れていた神父は、にこやかに去っていった。その些細でも明らかな挙動に自分が気づけなかった辺り、やはり彼はただ者ではないのだろうが、今はそれどころではない。 カンダタは珍しい慎重さで封を切ると、らしくない丁寧さで中身を取り出し、おそるおそる二つ折りにされた羊皮紙を開いた。 「カンダタさんへ こんにちは、ヤヨイです。 いかがおすごしでしょうか? 私は元気です。 えっと……この前はいきなり帰ってしまい、すみませんでした。その事をどうしても謝りたくて、お手紙を送らせて頂きました。 ですが、私の考えは今も変わりません。 私が大人になるまでは、できればカンダタさんがびっくりするぐらい美人になった時に、また会いに行こうと思います。 ……でも。 こうしてお手紙を出すのは、会うことになりませんよね……? ワガママなのは分かってます。 だから、ご迷惑でしたら神父様にお伝えして下さい。 けど、もしそうじゃないのなら……お返事はなくても結構ですから、お手紙、出したいです。 それでは突然のお手紙、失礼しました。 あ、神父様におにぎりをお渡ししておきました。 もちろん、いつもの、ですっ。 ヤヨイ」 綺麗ではないけれど読みやすく、彼女らしい元気一杯の字でそう綴られていた。ただ、一見すらすらと書かれたようで、ところどころに不自然なシミが目立つ。手紙というものに縁のないカンダタだが、そんな彼でも、少女の迷いや惑いをはっきり感じられた。きっと何度も何度も書き直し、その結果が一ヶ月の空白なのだろう。 「……ったく」 彼は無表情で再び手紙を二つ折りにし、そっ、と封筒にしまい、備え付けの机に置こうとしたのだが、 「…………」 不意に手を止めたかと思えば、代わりに空いた手で埃を軽く払い、改めて手紙を置いた。 そして、格子付きの窓に切り取られた景色を眺め、一度だけ物憂げな溜め息を吐いた後。 「……直接言いに来ればいいだろうが」 自分の事は棚に上げて、おにぎりを片手に、ぽつり、とそう呟いた。 それから、約二時間後。 「手紙は読まれましたか?」 「……おい」 何食わぬ顔で食器を下げにきた神父を、ぶっきらぼうな声で呼ぶと、きょとん、と目を丸くした彼に、 「その……なんだ」 一旦は言葉を詰まらせたものの、 「手紙、ってのは俺でも出せるのか?」 やがては意を決したように、そう尋ねる。 しかし、神父は答えない――代わりに。 「はい、どうぞ」 全てを見通した笑顔で、紙とペンを差し出すのであった。 ――二週間後。 「ヤヨイー、手紙が届いてるわよー」 「え? ……うんっ!」 ほんの少しだけ、言われなければ気づかないぐらいに陰りを帯びた表情で、店の掃除をしていたヤヨイの元に、一通の手紙が届いた。 最初に浮かんだのは、疑問。 次によぎったのは、まさか、という淡い期待。 だが、最後は弱々しく首を横に振って、それを打ち消したものの。 (誰から……あっ) 裏表、表裏、と引っ繰り返した封筒の文字を――大好きな人の名前を発見した瞬間。 図らずも明確に滲ませてしまった落胆の色を、一瞬で喜びへと変化させた。 そうなると仕事は、とても手につかない。 いけない事だと理解しながらも、今すぐ箒とちりとりを放り出したくなるし、挙げ句の果てには自分が何をしていたのかも忘れてしまう始末。 要するに彼女は、酷く浮き足立っていた。 しかし、ヤヨイの母はそれを察し、 「ヤヨイ、これから忙しくなるかもしれないから、今の内に休憩してらっしゃい」 けれど娘には悟られないよう、ごく自然に休息を促す。 「え? で、でも――」 「いいからいいから、ねっ?」 急に、どうしたのだろう――いや、本当は気づいていた。だが、ここで断れば、きっと今以上に気を遣わせてしまう。 一瞬。ほんのコンマ数秒だけ、申し訳なさそうな面持ちにはなるものの、 「……うんっ」 やはり本心は隠し切れないらしく、元気一杯に頷く。 それからすぐに駆け足で部屋へ戻ると、あわあわとお手玉混じりに封を切り、取り出した手紙を震える手つきで開く。 そこには、こう記されていた。 「よう俺だ。 その、元気か? 俺はいつもどおりだ。 どうも慣れねぇから何書いていいか分かんねぇんだが……まぁ、おにぎり、ありがとよ。 相変わらずの味だったが、しばらく食べないでいると物足りなくなるもんだな。 あと、この間のことは気にするなよ。その……俺もついカッとなっちまって言い過ぎたところもあるし、な。 じゃあな。風邪引くんじゃねぇぞ」 粗い文字で綴られた、口調と同じぶっきらぼうな内容。宛名はおろか、自分の名前もない。しかも本当に慣れていないらしく、自分の手紙よりも多いシミが所々に点在している。正直、読みづらい。 でも、言葉はやっぱり優しくて。 一字一句を目で追う度に、顔中が真っ赤に熱くなって。 決心があっさり揺らいでしまいそうな、数々の言葉。 (……でも) 彼女は熱も弱気も、ぶんぶん、と首を激しく横に振って打ち消した。 彼はきっと、いや、間違いなく何事もなかったかのように接してくれる。あの楽しい時間を、また過ごす事ができる。それは火を見るより明らかで、他の何よりも魅力的だ。 でも、自分はどうだろう? 絶対に今まで通りにはいられなくて、必要以上にドキドキしてしまうに違いない。 (それに……) 何よりも、つらい。 一人の女の子として――コイスル少女として見てもらえない事が、寂しい。 自分はなんてワガママなんだろう。 そう理解しながらも、ヤヨイは手を伸ばせば届く願望を振り払った。 かといって、この"好き"という気持ちは、とても抑えられそうにない。 だからこそ、彼女は思った。 手紙を書こう。 綴る文字にこの想いを少しでも乗せよう、と。 こうして二人の距離を隔てたやり取りが始まった。 「カンダタさんへ お返事ありがとうございます! お手紙が来た時はびっくりしましたけど、とっても嬉しかったです。 少し肌寒くなってきたせいか、温泉に入るためにマイラへ来る方が多くなりました。おかげでお客さんも多いんですけど……最近は宿の方も父さんと母さんをよく訪ねてきます。何でもメニューを増やしたいんだそうです。 だから、私がお店を任される時間も増えて大忙しなんですが、お父さんとお母さんの方が忙しいですし、私も新しいお仕事を覚えることができるので、今とても楽しいです。 お気遣い、ありがとうございます。 カンダタさんも風邪を引かないよう、夜は暖かくして眠って下さいね。 ヤヨイ」 「よう俺だ。おにぎり、ありがとよ。 風邪、か。俺は丈夫なだけが取り柄だからな。ここ十年は引いた記憶がねぇよ。 とはいっても、注意するに越したことはねぇからな。できるだけ気をつけることにするよ。 しかし、温泉ってのはそんなにいいもんなのか? 確か神父の野郎も"疲れが取れる"って言ってたが……機会があれば、一度入ってみるのもいいかもな。 忙しいのは結構だが、頑張りすぎるなよ。じゃあな」 月日は流れて。 「カンダタさんへ こんにちは。そろそろ梅干しには慣れましたか? 物足りない時は是非仰って下さい。一杯作っちゃいますからっ。 丈夫ですか。確かにカンダタさんは、いつも元気ですよね。 でも、他にも良い所は沢山ありますよ! こうしてお返事を書いて下さったり、いつも話を聞いて下さったり、私の頭を撫でてくれる時も優しいですし、それに……その、かっこいい、ですし。 あ、あの! もし、温泉に入りに来ることがあったら、是非教えて下さい。その時は、マイラをご案内しますから……ご一緒はできません、けど。 今日は何だか上手く纏められないので、この辺りで失礼しますね。 あ、風邪は油断してる時が一番危ないんですからね? ヤヨイ」 「よう俺だ。おにぎりは今の量で十分だ。無理して増やさなくてもいい。でも、ありがとよ。 あのなぁ……俺のことをそんな風に言うのは、嬢ちゃんぐらいだぞ? もう少し周りを見るようにだな……まぁ、怒ってるわけじゃねぇけどよ。 あと"温泉に入っても"とは言ったが、いくら何でもそんなことまでは考えてないからな。変な気を遣うんじゃねぇよ。 それと、だな。 嬢ちゃんの手紙は、俺には纏まってるかどうかは分からねぇけど……嬢ちゃんらしくていいと思うぜ。それを言ったら、俺の方が酷いだろ? だから、あんまり気にするなよ。 じゃあ、身体には気をつけてな」 季節は巡って。 「カンダタさんへ そろそろ暖かくなってきましたね。数日前はマイラの北の方に、少しだけ雪が残っていたんですけど、今はもう影も形もありません。まだ朝や夜は寒い時もありますが、過ごしやすい季節はすぐそこまで来てるように思います。 お父さんは相変わらず忙しいんですけど、お母さんの時間に余裕ができてきたので、最近料理を習い始めました。 時々、お菓子は作ってたんですけど……前にクッキーを作った時、カンダタさんはあまり好きじゃないような気がしたので、じゃあ料理なら、と思いまして。 昨日は"肉じゃが"という料理を教わりました。まだお母さんみたいに美味しく作れないですけど、お父さんとお母さんの思い出の料理らしいので、私もいつか上手に作れるよう頑張ります! 季節の変わり目は体調を崩しやすいので、健康には気をつけて下さいね。お手紙、ちょっと長くなっちゃってごめんなさい。 ヤヨイ」 「よう俺だ。いつもおにぎり、ありがとよ。 確かにあったかくなったな。夜はまだ寒い時もあるが、昼寝にはちょうどいい。 クッキーか。俺は菓子をあんまり食べねぇんだが、別に不味くは……むしろ、結構美味かったぜ。あの時は、その、何だ、どう答えればいいか分からなかっただけだから、そんなに気にするなよ。 料理か。その心がけはいいんだが……いいか? 味見だけは絶対に忘れるなよ? でないと何が悪いのかも、失敗したかどうかも分からないからな。昔、それで小僧に酷い目に遭わされたことがあるしな……嬢ちゃんはそんな失敗するんじゃねぇぞ。 にしても、肉じゃが、か。 どんな料理かは知らねぇが、思い出って言うからには美味いんだろうな。 まぁ……気が向いたら、持ってきてもいいからな。実験台ぐらいなら付き合ってやるからよ。 嬢ちゃんも無理しすぎるんじゃねぇぞ」 「カンダタさんへ 陽射しが強くなり、暑い日々が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。私は今日も元気です。 マイラには村の人たち全員が交代で世話をしている花壇があるんですけど、数日前に最初の向日葵が咲きました。私が付けてる髪飾りの花なので、とても嬉しくて、毎日足を運んでしまいます。 そういえばお母さんが私に、向日葵の花言葉がぴったりね、って言ってくれたんですけど、カンダタさんはご存じですか? 何度訊いても教えてくれなくて…… それと"肉じゃが"なんですが、自分でもはっきり分かるぐらいまだまだなので、もうしばらくはお持ちできそうにありません。以前よりは少しマシになったんですけど……やっぱり難しいです。それにカンダタさんは、美味しくなくても、美味しい、って言ってくれそうですから。 暑さに負けないよう気をつけて下さいね。あ、もし風邪を引いてしまった時は、是非仰って下さい。栄養のあるものを作っていきますから! ヤヨイ」 「よう俺だ。今日もおにぎり、ありがとよ。この前は言いそびれたが、前より美味くなったな。料理を始めたからかもしれねぇな。 向日葵……ああ、あの花か。昔ならピンとこなかっただろうが、嬢ちゃんの髪飾りのおかげで、何となく想像がつくよ。 で、予想できると思うが、俺の知識なんざその程度のもんだから、さすがに花言葉は分からねぇよ。今まで触れる機会もなかったし、そもそもガラじゃねぇからな。といっても、悪い意味じゃないだろ。 それとだな、俺は不味いものは不味いって、はっきり言うからな。梅干しの時だって、散々言ったと思うんだが……まぁ、自分で分かる内はまだまだなのかもな。 でも、少しずつ上手くなっていけばいいんじゃねぇか? あー……あと、その気持ちは嬉しいが、無理はするんじゃないぞ。それで嬢ちゃんが体調を崩したら、意味がないからな」 それでも想いは途切れず。 「カンダタさんへ こんにちは。今日、ふと気づいたんですけど、昼食が済んでいる日は無理しないで下さいね。私が勝手にしていることですし、何よりも食べ過ぎでお腹を壊してしまっては、元も子もありませんから…… 最近は雲の多い日や雨が続いているせいか、前よりも少し寒い日が増えたように思うのですが、お身体は大丈夫でしょうか? そんな日は温かいシチューでもお持ちできればいいんですけど、それがどうしてもできないので……一応、おにぎりは握りたてをお持ちするようにしているんですけど。 あ、おにぎりなんですけど、他の具が食べたくなったら、是非仰って下さい。梅干し以外の具も、自分で用意できるようになったので。 ご飯の話ばかりになっちゃいましたが、くれぐれも健康にはご注意下さいませ。 ヤヨイ」 「よう俺だ。別に無理はしてないぞ。神父の野郎が、嬢ちゃんの来る日に限って昼食を持ってこないからな。だから、てっきり前もって伝えてるのかと思ってたんだが……違うのか。むしろ、そっちの方が驚きだ。 ああ、道理で最近のおにぎりはあったかいと思ったら、なるほどな。それで十分……というか、持ってきてくれるだけで感謝してるんだから、あんまり気を遣うなよ。 今まで梅干しだけだったのは、そういう理由だったか。といっても、他にどういうのが合うのか知らねぇからなぁ……まぁ、余裕がある時でいい。よっぽど変なもんじゃなけりゃ、美味いからな――嬢ちゃんのおにぎりは。 嬢ちゃんこそ、夜はあったかくして寝るんだぞ」 どころか、ますます募るばかりで。 「カンダタさんへ 今日は素敵なお知らせがあります。 リノさんが見つかったんです! 昨日、師匠がリノさんを連れて帰ってきたんですよ! それをすぐにでもお伝えしたかったので、お父さんとお母さんに無理を言ってしまったのですが、こうしてお手紙を書かせて頂きました。本当は……いえ、何でもないです。 ナギサさんとラザさんには、まだお伝えできてないんですけど、次にお会いした時に話したいと思います。 それで、ですね。 ……やっぱりまだ、カンダタさんのことを教えちゃダメですか? 皆さん、カンダタさんがこちらにいることを知らないんですけど、間違いなく――特に師匠は凄く喜ぶと思います。 でも、カンダタさんにも都合があるでしょうし……もしよろしければ、是非お願いします。 今日はご報告だけで申し訳ございませんが、これで失礼します。 最近は風邪を引いている旅人さんをよく見かけますので、体調には気をつけて下さいね。 ヤヨイ」 「よう俺だ。 そうか、やっとあの嬢ちゃんが見つかったのか。小僧も、姐さんや兄さんも、それに――ヤヨイも、本当によく頑張ったな。協力できなくて悪かった。 ……悪いが、アイツらにはまだ黙っててくれ。 知っての通り、俺は今も牢屋の中だ。そんな姿を見たら、余計な気を遣わせるからな。そういうのは避けたいんだよ。 けどよ……もし、ここから出られる日が来たら、絶対に顔を見せる。だから、まだ黙っててくれ。 ヤヨイには苦労を掛けてすまないと思ってる。 だが、頼む。 じゃあな。ヤヨイも客に風邪を移されないようにな」 「カンダタさんへ そういう事情でしたら……はい、分かりました。まだ師匠たちには内緒にしておきますね。 でも、自由になった時は、必ず会って下さい。約束ですよ? ……カンダタさんはやっぱり優しいです。私は、そんなこと思い浮かびもしませんでしたから。 ワガママ言って困らせてしまって、申し訳ありませんでした。 それでは失礼致します。 ヤヨイ」 「よう俺だ。 よかれと思って言ってくれたのに……すまねぇな。 でも、ヤヨイは何も悪くねぇし、俺は優しくもねぇよ。ワガママを言ってるのは俺の方で、ヤヨイにはむしろ感謝してるぐらいだ。 本当はもう、アイツらに会うつもりはなかった。いくら誤解が解けたと言っても、俺が小僧を騙したことに変わりはないからな。今更どんな顔で会えばいいか、分からなかったんだ。 だから、感謝してる。 わざわざ教えてくれたことも、苦しい思いをしてまで黙っててくれることも――もう一度会おうという気にさせてくれたことも、全部な。 約束は必ず守る。 だから、もうしばらく待ってくれ」 色々なことがあったけれど。 「カンダタさんへ こんにちは。先日お持ちした鶏の唐揚げはいかがだったでしょうか? 普通は塩やレモンなんでしょうけど、敢えて塩と梅干しで味付けをしてみました。私は凄く好きなんですが……もしお口に合わなかったら、遠慮なさらずに仰って下さいね。 こちらでは雪が降り始めました。朝起きて窓を開けると、真っ白だったこともあって、やっぱり寒いんですけど、お仕事中も夜眠る時も温かくするよう心がけているので風邪は引いてません。 カンダタさんは大丈夫でしょうか? あまり寒く感じなくても油断しちゃダメですよ? 一度夜に目を覚ました時、とても寒かったですから…… ヤヨイ」 「よう俺だ。 なるほどな……道理で馴染みのある味だと思ったら、梅干しを使ってたのか。けど、新鮮で驚いたし、何よりも美味かったぜ。ありがとな。 あー……やけに寒いと思ったら、もうそんな季節なのか。そういえばこの前、雪が降っているのを見かけた気もするな。まぁ、ラダトームはマイラほど寒くないし、神父の野郎も積もることは滅多にない、って言ってたな。 それでも気をつけてはおくけどよ。 ヤヨイこそ夜中に毛布を剥いで風邪引くんじゃねぇぞ。じゃあな」 長い永い空白は―― 「カンダタさんへ こんにちは。 カンダタさんは"桜"って見たことありますか? ジパングでは今ぐらいの季節から咲き始める、ピンク色の花なんですけど……風に吹かれて舞い踊る景色が、とってもキレイなんですよ。ただ、マイラでは別の名前で呼ばれているので、もしかしたら違う種類なのかもしれないんですけど……私にとってはやっぱり"桜"なので、どうしてもそちらの名前で覚えられません。 お父さんから教えてもらったのですが、この時期、ジパングでは"お花見"というのをするそうです。何でも桜を愛でつつ、お酒を飲むんだとか……あ、意外かもしれませんが、私って結構お酒強いんですよ? ……だから、ですね。 いつか、カンダタさんと"お花見"ができたらいいな、って……もし、ご迷惑でなければ、あの、その時は……も、もちろん、無理ならしょうがないんですけど。 あと寒さはすっかり遠のきましたが、こういう時が危ないですから、お身体には気をつけて下さいね。 ヤヨイ」 「よう俺だ。 桜、か……もしかすると、昔ダーマの東で見たかもしれねぇな。ジパングって、あの辺りだろ? 勘違いかもしれねぇけど、普段は花に興味のない俺でもあれは綺麗だと思ったぐらいだから、よく覚えてるぜ。 なるほど、なら"お花見"ってのも不思議な話じゃねぇな。その桜ってヤツを眺めながら飲む酒は、確かに美味そうだ。 にしても酒が強い、ねぇ。 どう見ても、そうは見えねぇんだが……確かめるためにも、一度飲み比べてみるのはいいかもな。 ……それに、だな。 久しぶりに飲む酒の相手がヤヨイってのも……まぁ、悪くないしな。 ヤヨイこそ気をつけろよ。身体なんていつ悪くなるか分からないんだからな」 ――こうして終わりを告げた。 最終話へ
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