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不思議の国、とは言ったが、現実はもちろん違う。 ただ単に扉をくぐっただけで、本当に別次元の世界へ迷い込んだわけではない。シャロンは例のウサギに勝るとも劣らない魅力の持ち主ではあるが、ばったり遭遇しただけでわざわざ追いかけたりもしていない。 だが、ナギサがそう思ってしまうぐらい。 寝転がりたくなるような金の刺繍入り絨毯の感触も、高い天井から釣り下げられた豪勢なシャンデリアも、美しく磨き抜かれたレンガの内壁も、複雑な模様が刻まれた手すり付きの階段も――ありとあらゆる何もかもが、みすぼらしい外観からは想像できない気品に満ち溢れていた。 試しにナギサは、一度外に出る。だが、碧眼には相変わらずの大きな小屋が映っており、やはり別の世界に来てしまった形跡はない。 「……シャロンさん」 「なによ?」 「ちょっとほっぺたをつねってもらえる?」 続けて、ナギサはお約束を実行する。自分で、ではなく彼女にお願いする辺り、冷静ではあるのかもしれない。 ともあれ、ふぅ、とシャロンが面倒臭そうにつねると、 「……この絶妙に柔らかい指先、夢じゃないわね」 ナギサは痛みとは違う感想で納得した。もちろん、シャロンが眉をひそめたのは言うまでもない。 とその時。 「うん、面白いね。シャロンさんの言葉を借りれば、さすが、と言うべきかな」 唐突に家の中――いや、城内にこだました声を耳にしたナギサは、ふと我に返った。 それは渋くて、けれど若くて、奇妙に爽やかで、酷く穏やかで、結果としてこの場にまるで相応しくない――そんな声色。 彼女はよく知っていた。当然だった。 何故なら、その声は。 「こんにちは――僕が魔王≠ナす」 昨夜、テレビで耳にしたばかりのあの声≠ネのだから。 静寂、一秒。 思考、一瞬。 極めて短い時間で、ライターとしての自分を取り戻したナギサは、俯いた状態で歩を進めながら名刺を取り出そうとしたのだが、 「はじめまして、私は――」 「週刊華麗なる奇想天外≠フ凪沢ナギサさん」 「…………え?」 先に名前を呼ばれた驚きに、思わず足を止めてしまった。 (どうして私の名前を?) (どこかで会ったっけ?) (どういう、こと……?) 伴って脳裏を埋め尽くしたのは、大量の疑問符。 「見れば分かるよ――視≠黷ホ、ね」 しかし、それさえも見透かしたように魔王は告げる。 ナギサはうっすらと背筋が寒くなった――ものの、不思議と恐怖はない。 いや、違う。 そもそもが恐怖を感じる類の声ではないのである。 つまり、敵意は向けられていない。 「……ふぅ」 そう理解したナギサは軽く吐息を漏らした後、緩やかに顔を上げ、初めて前方を見据えた。 そこには、いた。 静かな炎を連想させる髪と瞳を持ち、漆黒の服に身を包み、何よりも声のイメージ通りに整った顔立ちの青年が、宝石を散りばめた椅子――玉座に鎮座していた。 圧倒的だった。 余裕たっぷりの無表情からは王者の風格が備わっていた。 まさしく、魔王と呼ぶより他にない、絶対的な雰囲気。 「ああ、こんにちは、じゃなくて、はじめまして、だね――ナギサさん」 だが、彼が次に呟いた言葉は、期待以上というよりは期待外れに常識的だった。 「ちなみに……どうしてメイドなのかしら?」 期せずして緊張がほぐれたナギサは、碧眼を皮肉げに細めながら問いかけた。 とはいえ、まともな回答は期待していない。単に常識的なフリをしているだけかもしれない、と疑心暗鬼になっていたからだ。 「メイドじゃないよ」 しかし、返事は律儀に返ってくる。 「本人も助手って言ってたわね」 「うん、ただの助手だよ」 「じゃあ、何でメイド服なのよ?」 「それはそれ、これはこれ」 「どれなのよ……」 どこかで聞いたような会話だった。 「だけど、城の中で割烹着の女性がいるのはおかしくない?」 「助手という言葉から想像するなら、せめて白衣じゃないかしら? ……まぁ、シャロンさんならどんな格好でも似合いそうだけど」 「それは同意」 「……本当にただの助手なの?」 「逆にどうして助手じゃないと?」 「あんなに綺麗なヒトが単なる助手とは思えないからよ」 「シャロンさんは確かに美人さんだね」 次の瞬間、強烈な視線が背中に突き刺さるのを感じた。だが、シャロンが照れているだけと、解釈したナギサは平然と話を進めた。 「案外、コイビト、だったりして?」 「……もしかして、気になる?」 そこで初めて、魔王が間を置いてから尋ねる。 「月並みだけど、人並みには」 対して、真っ直ぐに本心を口にするナギサ。微かな違和感を覚えてはいたが、それはまだ自覚に至らない。 「……もしかして、妬いてる?」 「初対面でそれはない」 何となく居心地が悪い、ような気がする。その程度に過ぎなかった。 「でも、一目惚れって言葉もあるよね?」 「だからといって、必ず起こるとは限らない。むしろ、起こること自体が奇跡と言ってもいい現象だわ」 「確かに。けど、だったら何故そんな言葉がもてはやされていると思う?」 「非現実的でロマンチックだから、かしらね。現実には中々起こらないからこそ、沢山の人がそれを求めているのよ。その意味では、運命の相手と恋に落ちる、なんて映画の宣伝で使い古された陳腐なフレーズも似たようなものかもね」 そして、雑談は尚も続く――かと思われた直後。 「…………そうだね」 一際長く間を置いて紡がれた肯定に、はっ、とナギサは当初の目的を思い出した。しかも言葉は後に続かない。 それを好機とばかりに、ナギサはとうとう魔王へ歩み寄る。 「はじめまして。週刊華麗なる奇想天外≠フ凪沢ナギサです」 そして、今更ながら名刺を差し出して自己紹介。既に自分を知っている相手だからか、声はやや自嘲気味だった。 「はじめまして、僕が魔王です。今日はどういった用件でここに?」 さして気にも留めず、律儀に名刺を受け取る魔王。返事は至って冷静で、何の面白味もない。 だが、ナギサは確信していた。 「本日はあなたを――……世界を征服した、という魔王の取材に来ました。よろしくお願いします」 先延ばしになっていた本当の戦いの火蓋は、今まさに切って落とされた、という事を。 くるん、とペンを指先で回し、ふわり、と手帳を宙で踊らせてから手に取るナギサ。緊張や警戒を悟られないよう余裕を演出し、主導権を握るつもりだった―― 「まず、お名前は?」 ――のだが。 「魔王」 「……できれば本名を」 「んー、ならR≠ニでも。可愛らしく、まーちゃん、と呼んでくれてもいいよ?」 「……年齢は?」 「いくつに見える?」 「それが分からないから聞いているのですが」 「じゃあ、クイズ。僕は何歳でしょう?」 「…………もういいです」 真っ当な回答が返される気配は微塵もない。というより、どこかからかっているような節がある。 「では、趣味は?」 ナギサは沸き上がる怒りを抑えつつ、少し方向性を変えてみる。 「趣味?」 「ええ、休日……があるかは分かりませんが、時間の空いた時には何をしているのでしょうか?」 どうでもいい質問を皮切りに、徐々に核心へと近づいてく魂胆だった。 「魔王的には、やっぱり世界征服≠チて言った方がいいのかな?」 「……いえ、個人的なもので結構です」 だが、彼女の狙いに気づいているのか、いないのか。 「個人的ねぇ……ああ、畳の目を数えるのは好きかな」 相変わらず態度の変わる様子がなかったため、 「そういうことは畳のある家に住んでから言わんかいっ!」 ナギサは早々に逆上して、思いっきり叫んでしまった。 「はぁ……ったく、まともに答える気がないんだったら、取材なんて受けるんじゃないわよ」 そのまま、これ見よがしにため息を落としながら、呆れた声で文句。 「やっとさっきの話し方に戻ってくれたね」 しかし、対照的に魔王は小さく笑って、この上なく楽しげにそう呟く。 初めて見た、微かな笑み。 束の間でも目を離せばすぐに消えてしまいそうな――幽(かす)かな、笑顔。 (〜〜〜っ〜〜〜) それを完全なる不意打ちで目の当たりにしたナギサは、図らずも見惚れてしまった。 嗚呼、こんな顔もするんだ。 などとガラにもない感想を抱いた挙げ句に、彼女は頬をうっすらと上気させる。 (……じゃなくてッ!) 不覚。それも一生モノの。 深く反省したナギサは、激しく首を横に振って打ち消し、はぁぁぁ、と不自然に大きなため息を吐いた。 首以上に振り回されっぱなしの現実が悔しい――のではなく、一瞬でも見惚れてしまった事実を誤魔化すためだった。 「浮かない顔だけど、どうかした?」 「……誰のせいだと思ってんのよ」 「さぁ?」 一方の魔王はといえば、もう無表情に戻っている。まるでさっきの笑顔が夢幻かと思うぐらい、面影は残っていなかった。 全く以て腹立たしい。黙っていれば非の打ち所がないからこそ、余計に。 ――けれど。 不思議と何故か憎めない。 おまけに露ほども禍々しくない。 はっきり言えば、本当に魔王か疑わしくなるぐらい、不可解な魔王≠セった。 「本当かどうかは知らないけどさ……なんだって世界征服なんかしたのよ?」 すっかり毒気を抜かれ、疲労困憊な表情のナギサは、そこそこ付き合いの長い友人――否、悪友にでも話しかけるように訊ねる。 「……どうして、そんなに知りたいの?」 しかし、彼は相変わらずの無表情に、真剣な声を乗せて問い返してくる。内容よりも声色に不意を突かれたナギサは、わずか数秒は目を丸くするものの、 「……最初は、怒り」 程なくしてあっさりと答える。 「怒り?」 「そう。世界征服しました、なんて非現実的でバカバカしい言葉をいきなり聞かされたことへの、ね」 口調は皮肉げで、謝れ、と暗に告げているようだったが、 「それは悪かったね。ふいたビールと汚れたカーペット、弁償しようか?」 「ぶほぁ!?」 謝罪に加えて、予想外に的確な答えが返ってきたため、即座にふいた。ちなみに、本日二度目である。 「あれ、違った?」 「それは違わな――って、何で知ってるのよ!?」 「何となく」 「何となく、で分かってたまるかッ!」 「そういうものだよ」 「どういうものなのよ……」 「ちょっと言葉にできないかな」 「ったく……盗聴機でも仕掛けてるんじゃないでしょうね?」 「まさか。それは犯罪だよ」 「世界征服しておきながら……まぁいいわ。とにかく、最初は怒りだった」 これ以上は嫌な予感しかしない、と思ったナギサは、強引に話を終わらせる。同時に更なる追撃も覚悟したのだが、 「じゃあ、今は?」 足を組み直した魔王は、意外にも続きを促す。少なからず好奇心を刺激したのか、何かしら期待しているのか――あるいは両方か。 「今は……そうね、正直よく分からない」 ひとまずは結論を先送りにしたナギサは、ぽつぽつり、と内容を考えながら話し始めた。 「もしかすると、単に知りたいだけなのかも。どうやって世界を征服したのか。どうして世界を征服したのか。それと、世界を征服し終えた今はどんな気持ちなのか、とかね」 最初は思いついた可能性を口にしているだけだったのだが、不思議と答えが見えてきたような気がした。 結局はそう――ただ知りたいだけなのだろうか、と。 何せ世界征服≠ナある。 あまりにスケールが大きすぎて、ゆえに嘘っぽくて、少なくとも目や耳にした程度では実感もできない。正直なところ、想像できるかどうかも怪しい。 だからこそ、知りたいのかもしれない。 ただ、動機としては弱すぎる。そう思ったナギサは、快い返事を諦めていたのだが、 「……じゃあ、一つずつ答えていこうか」 束の間の空白を経て、魔王はそんな言葉を口にした。 表情には出さなかったものの、ナギサは胸中密かに驚き、同時に言葉を失う。 仮に話しても構わないのなら、先刻ははぐらかしていたのか。 仮に話してはいけないのなら、何故今話そうとしているのか。 そんな矛盾を覚えたからだった。 「訊きたくないの?」 一方、返事がない事に疑問を覚えた魔王は、親切にそう問いかける。 「誰もそんなこと言ってないっ!」 ナギサは慌てて否定した。ここで頷かなければ、もう二度と聞けないと考えたからだ。 「……その前に」 そこで彼は、初めて玉座から立ち上がった。予想よりも長身の彼は、スタイルもバランスも抜群に整っていた。本当に非の打ち所がない、と思わず息を飲んでしまったナギサは、本当にもったいない―― 「な、なによ?」 ――という感想を押し隠すべく碧眼を細め、やや強い口調で訊ねると、魔王はこんな事を言った。 「うん、話すのは構わないけど、一つだけ条件をつけようと思ってね」 「条件?」 何を要求されるのだろう。 金銭、名誉、権力、など思い浮かぶモノはいくつかある。 しかし、どれも彼に必要とは思えないし――あくまで何となく、だが――どこか彼らしくない。 そもそもナギサにはどれも用意できない事ぐらい、彼も理解しているはず、とこれまでの会話から確信していた。 などと思案を巡らせていると、魔王はこう告げた。 「簡単なことだよ」 「簡単?」 「うん、それも凄く、ね」 「……本当でしょうね?」 訝しげに呟くナギサに、こくり、と頷いた彼は、 「というより、ナギサさんにしかできないことだから」 「………………は?」 トチ狂ったとしか思えない発言をした。 自分にしかできないこと。 それは何だろう、とナギサは考える。 (何が、ある?) 真っ先に思いついたのは、記事を書く事。 彼が知り得る情報から鑑みると、できる事と言えばそれぐらいしか思い当たらない。 しかし、厳密に言うとナギサにしかできないこと≠ナはない。 確かにナギサ以外がナギサらしい記事を書くのは、ほぼ不可能ではある。が、優れたライターは山ほど存在する。それぞれに長所と短所があれば、読者にも好みがある。よって基本的には真実さえ書かれていれば代えが利く、とナギサは思っていた。 だから、違う。 次に思いついたのは、一緒に酒を飲む事だったが、もちろん論外。というより、本当にそんな条件だったら、こっちが落ち込みたくなる。 結局のところ、ここを訪れる前と同じく、聞いてみない事には分からない――といった結論にもなっていない結論に至ったナギサは、じっ、と彼の言葉を待った。 すると魔王は、一歩だけ右足を前に踏み出した。 どくん。 ナギサの心臓が一際大きく跳ねる。 更に、一歩。 どくん。 更に、一歩。 どくん、どくん。 もう、眼前。 どくんどくん、どくん。 何度も大きく胸を打つ鼓動は、次第に平常心を失わせて――いや、何が何だか、とっくに分かっていない。 厚い。違う。暑い。近い。熱い。そう、熱い。 顔が、頬が、耳が、熱い。 熱い熱い熱い熱い、熱い。 風邪でも引いてしまったように。 ただ、ひたすらに。 顔から湯気が昇りそうなぐらいに、熱い。 無理もない。 状況はどうあれ、黙っていれば非の打ち所がない男性に、生まれて初めて歩み寄られている最中なのだから。 でも、これでは、そう、これではまるで、いや、まさか条件というのは自分では、いやいや、そんな事をして彼に何の得が―― ――などと今の今まで予想外だった結論が脳裏を掠めた、その時。 「……シャロンさん」 魔王が呟き。 「分かってる」 少女が応え。 「ちょっとごめん」 何故か小声で謝罪した魔王が、 「……えっ」 ナギサの身体を抱きしめながら、前方に跳躍した瞬間。 一瞬の、静寂を、経て。 ごうっ、と。 耳をつんざく轟音が響いたかと思えば、逆ハリボテの城が激しく震動した。 …………………… ………… …… もうもうと拡大する、濃密な灰色の粉塵。 がらがらと音を立てて崩れ続ける瓦礫の山。 ぺたんと座り込んでいたナギサは、振り返って目の当たりにした惨状に呆然と自失す――る前に、ふと気づく。 (……あれ?) どうして自分は後ろを向いたのだろう、と。 理由自体はすぐに分かる。背後で音がしたから振り返っただけの事だ。 だが、よくよく思い返してみれば。 ナギサにとっては、元々あちら≠ェ正面のはずだった。 つまり、いつの間にか身体の向きが百八十度回転していた事になる――ものの、そうした記憶が全くない。 一体何があったのだろう、と彼女は記憶を手繰り寄せようとしたのだが、それは叶わなかった。 唐突に遮られたのである。 「ふぅ……ケガはない?」 自身の真下から聞こえてきた、とても聞き覚えのある声によって。 予想外の位置から響いた声に驚いたナギサは、ゆっくりと、何も考えずにそちらを向く。 するとそこには、自分の下敷きになっている魔王の姿があった。 (えっ……と?) 傍からはどう見ても押し倒しているようにしか見えない状況。ぼんやりとしていながらも、瞬時に理解したナギサは、ぼっ、と顔中を上気させた。 「もしかして、どこか打った? しっかり抱きかかえたつもりだったんだけど……」 しかも更に付け加えられたのは、抱きかかえた、という爆弾発言。完全な不意打ちだったせいか、彼女の思考回路はあっけなくショートしてしまった。 「え、えっと、あ、あ、あの……ここ、これは?」 とはいえ、いつまでも乗っかっているわけにもいかない。 大急ぎで飛びのいたナギサは、あわあわわ、と説明を求めた。その時の姿勢が正座になっていたのは、いつでも土下座できるように、という準備だった。状況に追いついてはいなかったが、悪い事をしたに違いない、とは思ったらしい。 「……そうだね、口で説明するより、もう一度後ろを見てもらう方が早いかな」 しかし、全く気にしていない様子の彼は、ナギサの背中側を指さす。未だ混乱の極みにあった彼女は、言われるままに再度振り返った。 何も見えない。 砂や大理石の入り混じった煙が、まだ立ち込めていたからだった。 だが、次第に晴れ渡っていったその先には―― ――巨大な釘が、在った。 直径が約五メートル、高さは十五メートルほどの巨大な円柱。異様な大きさのそれを釘と呼ぶのは躊躇われたが、その物体は釘と呼ぶより他にない形状をしていた。それが天井をぶち抜き、シャンデリアの隙間を縫い、玉座を蹂躙した挙げ句、絨毯を貫通して大地に深々と突き刺さっている。 「なによ……これ」 半ば狂的と言える有様に、ナギサは呆然と自失する事を今更ながらに思い出した。 「簡単に言うと大きな釘。あるいは杭。もう少し具体的に言うとパイルバンカー≠フ一種ってところ」 「ぱいる、ばんかー?」 「工事現場なんかで使われる杭打ち機かな。コンピュータで照準をセットした後、火薬を爆発させて、その勢いで固い土を掘るための機械だよ」 そんな彼女に魔王は懇切丁寧に説明するが、それは求めていた答えとはズレている。 「いや、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」 「この家は、外から見れば脆そうだけど、実はミサイルにも耐えられるぐらい頑丈に作ってある」 「ミサイル!?」 「さすがにこんな町中に発射はしないだろうけど、一応ね……でも、よく考えたものだね。町を吹き飛ばす恐れがあるミサイルの代わりに、高々度からパイルバンカーを落とし、限りなくミサイルに近い衝撃を屋根に与えてから、火薬を爆発させて一気に貫く……スマートとは言えないけど、周囲への被害を抑える良い方法だよ」 しかも、更に続けられたのは武器の詳細な説明と、使用するに至った過程。 「だ、か、ら! 私が聞きたいのは、誰がこんなことをしたのか、ってこと!」 痺れを切らしたナギサは、正座の姿勢をそのままに、自分の知りたい事を口にする。 対して魔王が紡いだのは。 「…………」 いや、言葉なく示したのは、拒絶的な沈黙。 だが、それもほんの二秒。 「……魔王を倒そうとするのは、いつの時代だって勇者と呼ばれる人間だよ」 次に彼が落としたのは、とても適切とは言えない曖昧な回答で、それゆえに何となく分かってしまった。 彼には説明するつもりが一切ない、と。 先ほどの解説も分析も、今の答えも、きっと正しくはあるのだろう。だが、それはやはりナギサの求める正解ではなく、だから、だろうか。 漠然と寂しさを覚え―― (って、そうじゃなくて……!) ――る直前に彼女は、沸き上がりかけた感情を本能が否定した。 それを一度でも認めてしまえば、確定してしまう。 ただの取材対象であり、今となっては好奇心を満たしたいがための存在である魔王を。 眼前の彼≠。 少なからず気に入―― 「今日は帰ってもらった方がいいかな」 「え?」 が、またしても結論には至れない。 「屋根の修理や後片付けもしないといけないし――……何よりも、また攻撃が来ないとは限らないし、ね」 まるでタイミングを見計らったかのように、彼が思考を遮る言葉を口にしたからだ。 余計な手間を増やしたくないのか。 あるいは。 (もしかして、心配、してくれてたり……する?) 初めて会った自分を気遣ってのこと、なのか。 判断がつかない。確かにできなかったのだが、 「…………うん」 少しでも後者の可能性を想像してしまったナギサには、素直に頷く事しかできなかった。 そうして、足をひきずるように立ち去ろうとした時。 「また明後日、ここに来てくれればいいよ」 遠ざかりつつある彼女の背中に、魔王はそう告げた。 疲労困憊のナギサは振り返りもせず、機械的に首を縦に振ろうとしたのだが、 「……明後日!?」 理解するや否や酷く俊敏に振り返り、有り得ない、とでも言いたげに声をあらげた。事態を冷静に観察し、常識的に考えれば、いくらなんでも一日でどうにかなるはずがない惨状なのだから、無理もない。 「さすがにすぐは無理だからね。あ、明後日は別の仕事でも?」 「いやいや! そうじゃなくて!」 だが、魔王はあっけらかんと別の理由で疑問符を浮かべる。 「じゃあ、休日でビールを飲む予定とか?」 「いやいやいやいや! って、何で私の趣味を知って……でもなくて!」 「なら、話を訊きたくなくなったとか?」 「それはもっと有り得ないけど!」 ナギサは私生活が筒抜けな事に動揺しつつも、三度否定を繰り返し、 「いくらなんでも明後日って……どう考えても片付けられるわけがないじゃない!」 やっとの思いで、至極真っ当な意見を口にした。 「大丈夫だよ、シャロンさんは優秀だし」 にも拘わらず、彼は平然とそう告げ、メイド姿の美しい助手に視線を向ける。一拍遅れでナギサもそちらを見やると、 「全く……余計な仕事を増やさないでもらいたいものね」 ここにはいない何者かに文句を言いながら、後片付けを始めているシャロンの姿があった。ただし、あの細い腕で様々なサイズの瓦礫を放り投げる光景は、優秀というよりは異様で、彼女の方こそ何者なのだろう、と思わなくもなかった。 同時に、あれぐらい逞しくなければ魔王の助手≠ネど務まらないのかもしれない、とも。 「……はぁ」 とにかく、どっ、と疲れた。 そんな意を込めてため息を落としたナギサは、 「分かったわよ……今日ぐらいの時間にね」 憔悴しきった声で、ぽつり、と呟く。 「別にいつでもいいよ。例えどんな予定が入っていても、ナギサさんを優先するから」 そして、魔王の微妙に重い言葉に答える元気もないままに、今度こそ帰路へと着くのであった。 次の話へ
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