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とくん、とくん。 急に早くなった心臓が、感情を激しくノックする。 どくん、どくん――どくん。 それは静まり返った周囲とは逆に騒々しくて。 おまけに熱も帯びていて、ナギサの思考は漂白の一途を辿り始める。 「……どうして」 最初に零れ落ちたのは、ナギサの呆然とした声。 「どうして、こんなこと、するの?」 更に、ぽつぽつり、と続けられたのは問いかけ。 途切れ途切れではあったが不思議と声色は落ち着いていて――それから、しばしの沈黙を経て。 「少しは安心してくれるかな、って」 ようやく返ってきたのは、彼女を気遣う一言――だったのも、一瞬。 「……いや」 すぐさま否定の言葉を口にした魔王は、きゅっ、とナギサの身体を柔らかく抱きしめ直し、小さく首を横に振った後、 「俺がこうしたかっただけ、かな」 今までのやりとりが台無しになる言葉を告げた。だが、怒るでも照れるでもないナギサは、全く別の言葉を言った。 「へぇ、俺なんて言うんだ?」 初めて使われた一人称に、強烈な違和感を覚えたせいだった。 「元々は俺≠ネんだけどね」 「ふぅん……じゃあ、何で今までは僕≠セったの?」 そして、少々不敵に続けられた問いに対し、わずかに身体を強張らせた彼は、こう言った。 「……緊張、してたから」 それは魔王らしくも彼らしくもなかったため、直後は疑っていたものの、微かに伝わってくる不規則な震えに気づいたナギサは、 「案外可愛いところもあるわりに、意外と大胆なのね?」 イタズラな笑みでそう呟いた時、不意に――否、今更ながら気がついた。 実は特に嫌じゃない、かもしれない、と。 『少しでも安心してくれるかな』 彼は最初にそう言って、自分がそうしたかっただけ、とすぐさま否定した。それはきっと、紛れもない本音なのだろう。 しかし、実際に安堵している自分がいる。もしかすると、これは全て思惑通りなのか。あるいは、単なる偶然か。それは分からない。 分からない、けれど。 もうしばらくはこのままでもいい、かな。 そう思ったナギサは、抵抗するでも抱きしめ返すでもなく、自然体で身を委ねるのであった。 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。 「何て言うか……その、悪かったわね」 どちらからともなく離れ、何となく距離を取ったナギサは、気まずそうに頬をかきながら、ぽそっ、と謝る。 「気にしなくていいよ」 「……そういうわけにもいかないでしょ?」 「でも、最初に――」 「わー! い、いちいち言わなくていいから……っ!」 「そう?」 「そうなの!」 しかし、当の魔王はあっけらかんとしたもので、 「全くもう……何だってのよ」 慌てふためいていたナギサは、呆れながらも落ち着きを取り戻してきた――のも束の間。 「俺の胸で良ければ、いつでも貸すし」 次の言葉でまた、ぼっ、と頬を上気させて、 『俺がこうしたかっただけ、かな』 同時にふと、先ほどの言葉を思い出していた。 もし、冗談ではなかったとしたら――彼はどういう意図であんな事を言ったのか。 しかし、考えようとしてすぐに止めた。 嫌な予感とまではいかないが、何となく厄介なこと≠ノなりそうな気がしたのである。 「……まぁ、いいわ」 結局、色々な事を放り投げたナギサは、はぁぁぁぁ、と深くため息を吐きつつも投げやりに呟いた。 「じゃあ、本題に入ろうか」 その直後、不意に魔王はそう言った。それがあまりに絶妙なタイミングだったため、彼女は緊張に身を固くする。 本題――そう、それはキッカケだった。 元を辿ると、ここを訪ねた理由は魔王の正体≠知り、それを記事に書く事。 その本題に触れるという事は、つまり。 (……そっか) 終わりの始まり。 または。 本当の、始まり。 その事実に気づいて、どう思ったのか。 彼女は鞄から手帳を取り出そうとしなかった。 「ナギサさん?」 当然、至極真っ当に疑問を覚えた彼は、暗に指摘する。だが、俯いたナギサは所在なげに床を見つめていたものの、 「……何でも、ない」 やがて観念したように、すっ、と静かに顔を上げた。 「メモなんて……多分最初から必要なかったのよ」 「どうして?」 そして、若干の寂寥感が滲む声で、ぽつり、と一言。 そう、必要ないのだ――何故なら。 (貴方みたいに変な魔王≠フこと、なんて) 「こんな衝撃的な取材……」 (どれだけ忘れようとしても) 「……忘れられるわけないんだから」 そもそもが無理な相談なのである。 その言葉から準備が整っていると判断した彼は話し始めた。 自分という魔王が、一体どういう存在であるのかを。 次の話へ
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