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※注意 今回のお話はバレンタイン06・ほのぼの編?『言葉に出来ない夜』の1ヵ月後のお話で、 トラッドがリノを女と知った後のお話です。後、ホワイトデー05『リノの欲しい物?』の内容も少し出ます。 なので、前回のものを読んでいない方には、若干分かり辛いと内容になっております。 もしよろしければ、合わせてお楽しみ下さいませ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 「ちょっと散歩に行かないか?」 太陽が傾き始めて1時間が過ぎた頃。4人は少し早めの昼食を終え、それぞれ自由な時間を楽しんでいた。 ナギサは一旦部屋へ戻ったのだが、機嫌良く口笛を吹きながら散歩に出かけたらしい。 ふと扉を開けて、後姿を見てみると、何やら左の手首をじっと見つめている。 しかし、それが何のかまでは分からなかったが。 ラザはというと、そんな彼女とは対照的に複雑そうな表情を浮かべている。 しばらくは落ち着かない様子で剣の手入れをしていたが、武器屋に行って来ると一言だけ残して部屋を後にした。 リノは食後の運動という事で剣を振りにいったのだが、扉の音からすると、丁度今帰ってきたらしい。 おそらく今は汗を流す為にお風呂にでも入っているのだろう。 そして――――トラッドはというと。 「明日の買出しに行か……いや、何か違う……」 ラザが出て行ってから今の今まで、部屋で1人似て非なる言葉を、何度も何度も呟いている。 しかもベッドに腰掛けては立ち上がり、テーブルに手を付いてはすぐに離したりと部屋の中をうろうろしながら。 ここまで彼が落ち着かないのも珍しいかもしれない。 (いつもはどんな風に言ってたっけ……?) ふっと頭に浮かぶのは、今帰って来たと思われるリノの事。 更に言うなら、穏やかで何処か照れが混じった、不思議と心が温かくなる笑顔。 トラッドはそんな彼女を見る度に、説明の出来ない感情を覚えてしまう。 「……ったく、何でこんなに」 緊張するのだろう。そんな最後の言葉は紡がれる事無く、彼の胸中だけに留められた。 リノとに旅する事になったのは、あっという間に過ぎたように思えるが、随分前の事である。 それに2人で何処かへ出かけるという事自体、さして珍しくも無い。 しかし、今回はいつもと事情が違っていた。 (……女の子にプレゼントってした事な……いや、2回目なんだけど) 何故なら、リノに1ヶ月前のお礼をする為に、2人で出かけようとしているのだから。 トラッドはこれまでの自分の旅を振り返り、一度は初めての事だと思ったものの、そうではない事に気付く。 (でも、あの時は……男だと思ってたんだし……!) そして、何処にもいない誰かに言い訳をし、首を大きく横へ振った。 (……そういえば) いつの間にかベッドに腰を降ろし、両手で顔を押さえていたトラッドだったが、ふと1ヶ月前の事を思い出す。 それは言い出す機会を逸してしまった、一つの疑問。 (……どうして俺だけにチョコレートをくれたんだ?) 彼はバレンタインがどういう日なのか、誰からも聞いた事が無かった為、感謝の気持ちを込めてチョコレートを渡す日なのだと思い込んでいた。 しかし、ラザは受け取っていないらしく、彼女の性格からすると辻褄が合わないように思える。 だとすると、そこには何か別の理由があるに違いない、と考えていた。 (リノは……俺の事、どう思って……!?) 推測の流れから浮かんだ問いかけの意味に、トラッドは酷く取り乱しながらベッドへ身を沈める。 (ど、どうって……仲間に決まってるだろ……!) それからすぐに答えを導き出すと、表情にはわずかに落胆の色が浮かんだ。 「ふぅ……でも、どうしようかなぁ……」 彼自身はその事に気付かないまま、暗い顔と声で呟いた時。 「……どうかしたのか?」 いつの間にかすぐ側に座り、左手に道具袋を持っているリノが心配そうな様子で呼びかけた。 不意を突かれたトラッドは一言も発せず、無言で弾かれたように飛び起きると、彼女はわっと言いながら後ろに下がる。 「え、っと……いつ入ってきたんだ?」 「ノックしたんだけど……返事が無かったから」 「そ、そうか……」 彼は慌しく動く心臓を右手で押さえながら、またベッドへと横になった。 「あの……」 「……ん?」 それをじっと見つめていたリノは、幾分申し訳無さそうに口を開く。 「もしかして、これから休むつもりだったのか?」 「いや、別に……」 「じゃあ、何処か行く、予定……?」 ちょうど考えていた事、それも目の前にいる彼女を誘って、である。 「……そういうリノは?」 「え?」 その動揺を悟られないように、トラッドは何気なく話題を変えた。 「あ、いや……こうやって部屋に来たぐらいだから、何かあったのかな、って」 よくよく考えてみると、リノが何故ここに来たのかを聞いていない。 勿論、それが気になったのは事実だが、同時に彼の心を落ち着かせる為の問いかけでもある。 珍しく複雑な想いのトラッドには気付かず、彼女は申し訳無さそうに言葉を紡ぎ始めた。 「あの……道具袋を整理するコツを教えてもらおうと思って……」 「へ?」 予想外の言葉だったのか、彼は一瞬目を丸くした。 「トラッドの道具袋って、すごく使い易いから……」 「……ちょっと借りるな」 「え、あ……うん」 ゆっくりと身を起こした彼は、耳飾を左手で一度触れると、リノの道具袋を手に取る。 「……そうだな」 そしてしばらく中を覗いて、何かを言おうとした時、ハッとなって言葉を止めた。 「トラッド?」 不安そうに尋ねるリノに、彼は穏やかな笑顔を浮かべてこう提案する。 「折角だから……買出しに行こうか?」 「……え?」 「もう少し物が増えた方が教え易いし」 「でも……」 立ち上がったトラッドは、遠慮する彼女の右手をすっと握ると、 「今日の買出し、どうしようかなってちょうど思ってた所だから……リノが良かったら……構わないけど」 視線を扉の方に向けて、空いた右手で頬をかきながら、ぎこちない口調で呟いた。 「…………うん」 リノは曖昧に頷いてから立ち上がるが、ふと繋がれた手を瞳に映すと頬を少しだけ赤く染める。 「トラッド……あの……」 「え? ……あっ」 彼がようやくその事に気付くと、2人は同時に絡まった指を解いた。 そして、わずかに距離を置いてから部屋を出るのだった。 「……っと、大体こんなもんか」 数時間後、買い物を終えた2人は帰り道の途中にあった公園の椅子で、何か忘れた物が無いか確認する。 一見した所、真剣そうな様子のトラッドだったが、よく見てみると何かを悩んでいるような表情であった。 (やっぱり……迷惑だったのかな……?) その気持ちが伝染するように、リノの顔にも不安そうな陰が差し込んでくる。 ちなみに彼がこの時考えていたのは、ホワイトデーのお返しの事。 2人で外に出る所までは良かったのだが、彼女の欲しい物が何なのかまで見当がつかなかったのだ。 (でも、理由も言えないのに歩き続けるのはなぁ……) 互いの事を想うあまりにすれ違ってしまう心。 「そ、そろそろ行こうか?」 「……うん」 結局、何も口に出せないまま、一通り確認を終えた2人は立ち上がる。 そして、温もりが残った椅子の上を名残惜しそうに一瞥してから、歩き出そうとした時だった。 「おっ、良かったらどう?」 いつの間にか側で大きな布を敷こうとしている茶色い髪の男が、清々しい笑顔でリノに話しかけてくる。 (……何処かで会った事あるような……) 服装はいかにもしっかりした生地のベージュ色の服と紺色のズボン。 上からは濃い茶色のベストを羽織っている。 おそらく旅の商人だろうが、道具が入っていると思われる袋はたったの一つ。 「え……っと……何が?」 「ああ、まだ分からないか。もし、時間が空いてるんなら、しばらく待っててもらっても良いかい?」 黒い瞳に迷いの色を浮かべながら、彼女はトラッドを見た。 そんな彼も不思議そうな表情を浮かべていたのだが、 「まぁ……別に時間はあるし、俺は構わないけど?」 少しは興味があるようで、曖昧に言葉を返しながら首を縦に振る。 リノは、それじゃあと一言だけ口にすると、再び椅子に座り直して待ち始めた。 トラッドもそれに倣って、先ほどと同じ場所に腰を下ろす。 そんな2人の様子に男は機嫌を良くしたのか、口笛を吹きながらきびきびした動きで準備を進めた。 「……こんな感じだな、っと……後は……」 待つ事、数分。男は側に置いてあった袋を手に取り、銀色に輝く小さな何かを次々と布の上に並べ始める。 「もしかして……」 「ああ、装飾品だよ。と言っても、王様が付けてるような豪華な物じゃないけどね」 「へぇ……」 皮肉めいた言葉とは裏腹に、誇らしげな顔を浮かべる男。 そこにあるのは飾らない心と――――熱意だけ。 最初は座りながら、何となく眺めていた2人だったが、気付けば次に置かれるのが何かを心待ちにしている。 (……そう、だよな) やがて膨大な数の装飾品が並べられた時、トラッドはリノの横顔を見つめながらこう尋ねた。 「……リノ」 「え?」 急に声を掛けられて驚いたリノが振り向くと、思ったよりも近い距離に彼の顔があった為、慌ててまた視線を逸らしてしまう。 「な、何?」 「こういうの、好きだったりするのか?」 「……え……っと」 彼女は再び装飾品に視線を戻すと、少し恥ずかしそうに言葉を紡ぎ始める。 「前に見た時は珍しいって思っただけだったけど……今は……嫌いじゃ、ない……」 リノは自然と自分の胸元に右手を当て、服の上から固い感触を確かめると、グローブを外してから両手を首の後ろに回した。 そして露わになった白い指先を銀色の鎖に絡ませると、それをするすると引っ張って、何かを取り出す。 「……多分、これを貰った時から……だと思う」 「それって……前にあげた……?」 「……うん」 掌にあったのは、トパーズ色の石のペンダント。 以前、まだリノの事を男だと思い込んでいたホワイトデーに、トラッドがお返しにと贈った物である。 「もしかしてずっと……」 「…………うん」 「……そっか」 頬を染めながら下を向く2人だったが、どちらも何故そうしてしまったのか分からない。 ただはっきりしてるのは――――互いの顔を見る事が出来ないという気持ちだけ。 その時、意外にも声を上げたのは、そんな2人を微笑みながら見ている男だった。 「あんたたち、弟に会ったのか?」 「え……あっ!」 その一言に、リノは何かを思い出したらしく、記憶を手繰り寄せる。 すると目の前の男と記憶の中にあった男の顔が2つに重なった。 「やっぱり……あいつらしい作り方だもんなぁ」 「……分かるんですか?」 「そりゃあ、ねぇ。昔から作った物を見せ合ってたわけだし」 そこでトラッドもようやく思い出す。彼の顔が以前このペンダントを売っていた男とそっくりだという事に。 そんな2人の気持ちを察したのか、兄である彼は似てるだろ、と楽しそうに言った。 「これ、手作りなんですか?」 「ああ。お互いこういうのが好きだったから、それを自分の仕事にしたいと思ってね」 更に続くリノと男の会話。どうやら似ているのは顔だけじゃないらしく、趣味もそっくりのようだった。 「よぉし、ここで会ったのも何かの縁だ。兄さん、ちょいとお耳を」 「え?」 「いいからいいから」 「はぁ……」 男の手招きにトラッドが仕方無さそうに顔を近づけると、彼女には聞こえないよう耳元でそっとこんな話を始める。 「折角だから、そこの可愛いお嬢ちゃんにプレゼントしてあげたらどうだい? 勿論、おまけしとくよ」 「え……?」 「恋人なんだろ?」 「べ、別にそういうわけじゃ……!」 「何だ、まだか……あんまりお似合いだからてっきりそうかと……」 「……そんな事」 「いやいや、後は気持ち次第だって」 (何を話してるんだろ……?) 男が楽しそうに何かを言う度に、顔を真っ赤にして取り乱すトラッド。 リノは不思議そうな表情で、まだ続きそうな2人のやり取りをじっと眺めていた。 「さっきお嬢ちゃんに装飾品が好きかどうか聞いてたって事は……案外、プレゼントするつもりだったんじゃないか?」 「まぁ、先月のお返しは探してたけど……」 「先月……ああ、なるほど。でも、まだ迷ってるんだな」 「え?」 「探してるって事はそうだろ?」 「……まぁ」 「だったら贈ってやりなよ。あのペンダントだってずっと付けてるみたいだし……こういうの嫌いじゃないみたいだし、な?」 「………………」 そこでようやくトラッドは男から離れると、リノの方を見た。 一瞬だけ目が合ったものの、彼女は慌てて視線を装飾品に戻す。 まるで最初からそうしていたかのように。 「リノ」 「…………」 彼女は返事をする代わりに、ゆっくりと顔を上げる。 「その……この中で欲しい物ってあるか?」 「……え?」 トラッドはぽつりぽつりと、先ほどまでずっと考えていた事を話し始めた。 「本当は……先月のお返しがしたかったんだけど……リノが貰って嬉しい物が分からなくて」 「…………」 「だったら、リノと一緒に外へ出て探そうって思ったけど……やっぱり分からなくて」 「……トラッド」 その時、リノはようやく彼の浮かべていた複雑な表情の意味を理解した。 当初は何か予定があるにも関わらず、自分が無理なお願いをした為に、どうしようか困っているのだと思っていた。 しかし、トラッドは他でもない自分の為に悩んでいたのだ。 「だから、もしこの中に……え?」 話を続けようとした彼の不意を突くように――――リノが自分の頭を胸に預けてくる。 「リ、リノ……?」 「……ごめん」 「あ、いや……別に謝らなくても……いいけど」 トラッドに気を遣わせるのは好きじゃない彼女だったが、 「でも……すごく嬉しい……」 気持ちが抑えきれなかったのか、唇からは自然と素直な言葉が零れ落ちた。 「……良かった」 真っ赤な顔のトラッドはくすりと笑うと、リノの頭を優しく撫で始める。 「……え……っと、だな……そういう事は2人っきりの時にして貰いたいんだが……」 それを居心地が悪そうに見ていた男は咳払いを一つした後で、視線を宙に向けながら遠慮がちにこう呟いた。 ハッと我に返った2人は、慌てて身体を離し、意識を装飾品に向ける。 それからしばらく、誰も一言も喋れなかったのは言うまでも無い。 西の空に沈もうとする太陽が、2つの影の色を徐々に濃くしていく。 リノは小さな紙袋、トラッドは旅の為に買ったいくつかの道具をその手に持ちながら、宿に向かって歩いていた。 「そういえば、リノって何でその色が好きなんだ?」 「え……?」 トラッドは以前にあげたペンダントと、先ほど彼女が選んだ――――トパーズ色のイヤリングを思い出しながら尋ねる。 「な、何となく……だけど」 「そっか」 ぎこちなく答えたリノは、彼の普通な返事に反対側を向いて聞こえないようにこう言った。 「…………バカ」 「ん? 何か言ったか?」 「……何でもない」 熱っぽい顔のまま、わずかな浮遊感をその身に抱いたまま、彼女は忙しなく足を動かし始めた。 「リノ?」 急に足早になった彼女に不思議そうな様子で名前を呼ぶと、トラッドは半ば追いかけるように小走りで隣に並ぼうとする。 その時、顔を逸らしていたリノは不機嫌そうに眉を顰めていたが――――同時に嬉しそうな笑みも浮かべているのであった。 ※後書き 『バレンタイン・ほのぼの編?』の続編となるホワイトデーSSです。 今回は去年の内容も、若干含まれております。 当初はもっと短くすっきり、という風に考えていたのですが、 装飾品売りのお兄さんが、ついついトラッドの背中を押してしまった模様です(笑) ちなみにこれより少し前に、このお兄さんはラザにも会ってたりします。 何を買ったかというと……詳しくはホワイトデーSS・続地獄編をどうぞ(笑) 少しでも皆様に楽しんで頂ければ、幸いなのですが…… 1ヵ月前のバレンタインSSへ |